No. 23
厄介な問題
問題の種類によって、解き方は変わる
Episode解くたびに、別の問題が生まれる
一九六〇年代のアメリカで、都市を設計する人たちは、ある壁にぶつかっていました。貧しい地域に新しい住宅を建てれば、人の流れが変わって別の地域が寂れる。道路を広げれば、かえって車が増えて渋滞がひどくなる。一つの問題を解こうとするたびに、別の問題が生まれてしまうのです。
デザインの理論家ホルスト・リッテルと、都市計画家のメルヴィン・ウェバーは、こうした問題を、工学や数学の問題とは性質がまったく違うものだと考えました。そして、それを「厄介な問題」、ウィキッド・プロブレムと名づけます。悪い問題という意味ではありません。たちが悪く、一筋縄ではいかない、という意味です。
Origin問題には、種類がある
リッテルたちは、厄介な問題の性質をいくつも挙げました。問題が何なのかを、はっきり定義できない。解いたら終わりという区切りがない。答えに正しい、間違いはなく、よいか悪いかしかない。一度手を打つと、やり直しがきかない。そして、どの問題も、ほかの問題の症状でもある。
のちに、経営の研究者デイヴ・スノーデンは、問題が置かれた状況を、いくつかの領域に分けて描きました。ウェールズの言葉で「すみか」を意味する、クネビンと名づけた枠組みです。原因と結果がはっきりしている明快な領域。専門家が分析すれば答えが出る煩雑な領域。原因と結果が、あとから振り返ってはじめて分かる複雑な領域。そして、原因と結果のつながりが見えない混沌の領域。
Meaning解き方を、取りちがえない
多くのつまずきは、問題の種類を取りちがえるところから起こります。複雑な問題に、煩雑な問題の解き方を当てはめてしまう。専門家を集め、時間をかけて分析し、完璧な計画を立ててから動こうとする。けれど複雑な領域では、原因と結果は、動いてみたあとにしか見えてきません。計画を練るほど、現実から離れていくのです。
地図の右下と左下のあいだは、崖になっています。決まった手順で片づくと思いこみ、油断しているうちに、ある日いきなり混沌へ転げ落ちる。真ん中には、自分がどの領域にいるのかさえ分からない混乱の場所もあります。いちばん危ういのは、そこにいることに気づかないまま、いつもの解き方を当てはめてしまうことです。
複雑な問題や厄介な問題に向きあうときは、小さく試してみることから始めます。いくつもの小さな実験を同時に走らせ、うまくいきそうな芽を育て、だめなものは早くやめる。答えを設計するのではなく、答えが現れてくる場を整える。人を巻きこみ、多くの目で問題を眺めなおすことも欠かせません。厄介な問題は、誰か一人の頭の中では解けないからです。
So whatまず、どの種類かを見きわめる
難しい問題を前にすると、私たちはつい、いつもの解き方で立ち向かおうとします。分析し、計画し、正しい答えを探す。それが通じる問題もあれば、通じない問題もあります。
だから、解く前に一度、問いかけてみる。これは手順で片づく問題か、専門家が解ける問題か、それとも、やってみなければ分からない問題か。種類を見きわめることが、解き方を選ぶことになる。厄介な問題には、正しい答えではなく、よりよい手探りで向きあうのだと思います。
Sources
- Horst W. J. Rittel, Melvin M. Webber, “Dilemmas in a General Theory of Planning,” Policy Sciences 4, 1973
- David J. Snowden, Mary E. Boone, “A Leader’s Framework for Decision Making,” Harvard Business Review, 2007