No. 20

執拗低音

主旋律を変えるのは、下でくり返す音型

バッソ・コンティヌオ basso continuo〔通奏低音〕から区別された執拗低音は、低音のくり返すパターンで、主旋律に色彩を与えるが通常は主旋律を構成しないで下部に横たわるモティーフである。

丸山眞男「日本における倫理意識の執拗低音」

Episode三度、言い直された名前

丸山眞男は、日本の思想の底に流れるものに、なかなか名前を定められませんでした。はじめは「原型」と呼びました。けれどその言葉は、変えられない宿命のように響きます。次に「古層」と呼ぶと、地層のように下に眠る土台、つまり上の思想を決めてしまう下部構造と取り違えられました。

最後に選んだのは、音楽の言葉でした。丸山は、指揮者の名を挙げて演奏を語るほどの音楽好きです。比べた候補は二つありました。バロック音楽で、曲の終わりまで和音を支え続ける伴奏の低音が、通奏低音(バッソ・コンティヌオ)。同じ短い音型を、低いところで何度もくり返すのが、執拗低音(バッソ・オスティナート)。丸山は、はっきりと後者を選び、前者と区別しました。いま「通奏低音」が「表に出ないが、ずっと影響し続けるもの」という意味で使われるのは、この二つが混ざったためだとも言われます。

Origin主旋律を変える低音

丸山が描いた日本の思想は、一つの曲のような形をしています。高いところで鳴る主旋律は、儒教、仏教、西洋の近代思想と、時代ごとに外から入ってきた思想です。その下で、短い音型がくり返し鳴り続けている。

「古層」は主旋律ではなくて、主旋律を変容させる契機なんです。

— 丸山眞男「日本思想史における『古層』の問題」

低音は、主旋律を自分で歌うことはありません。けれど同じ旋律でも、下で鳴る低音が違えば、響きはまったく別のものになります。外から入った思想は、そのまま根づくのではなく、毎回同じ向きに作り変えられてきた。丸山はその向きを、『古事記』や『日本書紀』の言葉から、「つぎつぎに」「なりゆく」「いきほひ」とまとめました。物事は次々と成っていき、その勢いに身をゆだねる。計画より流れを重んじる感覚です。

Meaning同じ曲に聞こえる理由

伊福部昭が書いた『ゴジラ』の音楽では、低いところで同じ音型がくり返され、その上に旋律が重なっていきます。旋律が変わっても、低音が鳴った瞬間に、それと分かる。曲を曲にしているのは、上の旋律より、下でくり返す形のほうなのかもしれません。

人の集まりにも、同じことが起きます。新しい方法や言葉を次々と取り入れても、気づくといつもの形に戻っている。変わったのは主旋律だけで、低音はそのまま鳴り続けていたのです。丸山の言う低音は、悪者ではありません。主旋律に色を与え、その集まりらしさを生んでいるのも、この低音です。

So what低音を聴いてから

何かを変えようとするとき、人はまず主旋律を入れ替えようとします。けれど、その前に耳を澄ませて、下でくり返している音型を聴いてみる。何が毎回、同じ向きに作り変えられてきたのか。

低音は、消すことも、無理に止めることもできません。聴き取ったうえで、その上にどんな旋律を重ねるかを選ぶことはできます。変わらないものの上でこそ、変わるものが響きます。

Sources

  1. 丸山眞男「日本における倫理意識の執拗低音」1976(『丸山眞男集 別集』第三巻、岩波書店、2015)
  2. 丸山眞男「日本思想史における『古層』の問題」1979(『丸山眞男集』第十一巻、岩波書店)
  3. 丸山眞男「原型・古層・執拗低音 ― 日本思想史方法論についての私の歩み」(加藤周一・木下順二・丸山眞男著、武田清子編『日本文化のかくれた形』岩波書店、1984)
  4. 丸山眞男「歴史意識の『古層』」1972(『忠誠と反逆』ちくま学芸文庫)
  5. 中野雄『丸山眞男 音楽の対話』文春新書、1999
  6. 伊福部昭『ゴジラ』映画音楽、1954