No. 70
身体知
デザインする力は、手の中に育つ
Episode竹の棒で、つつく
建築の現場で、型枠にコンクリートを流しこむときのことです。中には鉄筋が密に組まれています。砂利と砂が偏らずに混じり、どこにも空洞ができないように、かつては割った竹の棒を手に、みんなで型枠の中をつついて回りました。この作業を、ツコツコといいます。
やわらかい竹で下手につつくと、うまくいかず、手間ばかりかかります。それでも、実際にやってみると、からだで経験を積むことができたといいます。いまは型枠に機械で振動を与えるので、手間なく均一に仕上がります。そのかわり、竹の棒でつついたときの手ごたえは、もう得られません。
この話をしたのは、建築の設計から企業の戦略へ移り、のちに社会の仕組みそのものを組み立て直す「社会システム・デザイン」を唱えた横山禎徳です。
Originテニスやピアノと同じ
横山は、社会の仕組みをデザインする力も、竹の棒の手ごたえと同じく、からだで覚える知だと考えました。
頭と手を動かす練習がかなり必要だ。また、多くのコツが存在する。実は、身体全体で覚えないといけないという意味では、テニスやピアノと同じような「身体知」であるといっていい。
— 横山禎徳「社会システム・デザインは『身体知』であり『高度技能』である」2013
テニスの教本を読みこんでも、球は打てるようになりません。仕組みのデザインも、方法を頭で理解しただけでは使えない。だから彼は、社会の仕組みを実際にデザインしてみる演習の講義を持ちました。その録画を書き起こした遺稿は、のちに一冊の本になり、「身体知としてのデザイン力を身につける」という章から始まっています。
Meaning正しい形が、ないから
なぜ、からだで覚えるしかないのか。横山は、建築の修業をこう振り返っています。普通の建築家は、形のきっかけになりそうなことに広くアンテナを張り、「形の仮説を作り、壊し、また別の仮説を作る」。その繰り返しで練り上げていく。そうするしかないのは、「建築にはこれが正しい」というものが存在しないからだ、と。
社会の仕組みの根にある課題を探すときも同じで、机上の空論にならないよう、仮説を立てて確かめ、何十回もやり直す。そのやり方を、横山はこう説明しています。
そこには頭だけでなく、手、あるいは足、そしてその他の感覚を使います。それが「身体知」です。
— 横山禎徳「『社会システム・デザイン』と工学の未来に必要な視座(上)」2023
答えが一つに決まっているものなら、手順に書き出して、誰にでも同じように渡せます。形式知にできる。けれど、正しい形があらかじめない仕事では、手順は途中までしか役に立ちません。最後の判断は、作っては壊してきた回数の分だけ育った手ごたえに頼るしかない。
仕組みのデザインもまた、正解の決まっていない仕事です。分析は、材料を細かく分けて確かめるところまでは連れていってくれます。けれど、それをつなぎ合わせて一つの回る仕組みにするところは、竹の棒でつつくのと同じく、手が覚えるしかないのです。
機械の振動が手間を省いたように、手順やプログラムは私たちから回り道を取り除いてくれます。それはありがたいことです。ただ、回り道が消えると、手ごたえを得る機会も一緒に消えていきます。
So what組み立てる手
分析を重ねるほど、正しい答えに近づいている気がします。けれど、組み立てる力は、分析の延長には育ちません。
だから、分け終わる前に、一度組み立てる。下手でも雑でもいいから、全体の形の仮説を描き、壊し、また描く。便利な道具がそろっているときほど、ときどき自分の手でつつく。そのくり返しの数だけ、手ごたえが手に残っていきます。
Sources
- 横山禎徳「『社会システム・デザイン』と工学の未来に必要な視座(上)」「未然課題」連続インタビュー #09、東京大学生産技術研究所、2023 年 2 月 22 日 oec.iis.u-tokyo.ac.jp
- 横山禎徳「社会システム・デザインは『身体知』であり『高度技能』である」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』オンライン、2013 年 8 月 8 日 dhbr.diamond.jp
- 横山禎徳『戦略、組織、そしてシステム ― 「組み立てる」戦略思考の方法論』東洋経済新報社、2025 年 11 月(第 1 章「身体知としてのデザイン力を身につける」)str.toyokeizai.net