No. 88
知識創造
言葉の手前にある知を、言葉にする
Episodeパン職人に弟子入りした開発者
家庭でパンを焼く機械をつくろうとした開発者たちが、どうしても越えられない壁にぶつかりました。生地を練る工程です。機械で練った生地では、皮は焦げ、中は生焼けで、職人の焼くパンのようにふっくらとはならない。何が違うのかを言葉で説明できる人は、誰もいませんでした。
そこで一人の開発者が、腕のいいホテルのパン職人のもとへ弟子入りします。毎日そばで、こねる手つきを見て、まねて、くり返す。やがて彼女は気づきました。職人は生地をただ押しているのではなく、ひねりながら伸ばしている。からだで覚えたその感覚を、ようやく「ひねり伸ばし」という言葉にできたとき、それは機械の部品の形になりました。こうして、職人の手の中にしかなかった知恵が、台所で動く機械に宿ったのです。
Origin知が生まれる、四つの場面
経営学者の野中郁次郎は、竹内弘高とともに、この話を知識が生まれる道すじの例として描きました。知識には、言葉や数字にできる形式知と、からだや勘の中にある、言葉にしにくい暗黙知がある。新しい知は、この二つが行き来するところから生まれる、と。
はじめは、そばで同じ時間を過ごし、言葉にならない勘を分かちあう。次に、その勘を、たとえや言葉にして外へ出す。言葉になった知どうしを組み合わせ、新しい仕組みにする。そしてその仕組みを、こんどは自分のからだで使いこなし、また新しい勘を身につけていく。この四つの場面がくり返されるたびに、知はらせんのように大きくなっていきます。
Meaning言葉の手前にある知
私たちはつい、言葉や数字になったものだけを知識だと思いがちです。マニュアルに書けること、資料にまとめられること。けれど、ほんとうに新しいものの種は、たいてい、まだ言葉になっていないところにあります。職人の手つきの中に、現場の人の勘の中に、うまく説明できない違和感の中に。
だから野中は、人と人とがともに時間を過ごす「場」を大切にしました。同じ空気を吸い、同じものを見て、手を動かす。その中でしか、言葉の手前にある知は受けわたせないからです。そして、ただ知っているだけでなく、その場その場でよい判断を下せる実践の知恵こそが、知識を生きたものにすると考えました。
So whatそばで過ごし、言葉にしてみる
資料を読めば、多くのことが分かる時代です。けれど、資料にはならない知恵が、いつも誰かの手の中や、現場の空気の中に残っています。
だから、ときどき、その人のそばで過ごしてみる。見て、まねて、くり返して、からだで分かったことを、うまく言えなくても言葉にしてみる。言葉の手前にある知を、言葉に引き上げようとするその往復の中から、新しいものが生まれてくるのだと思います。
Sources
- Ikujiro Nonaka, Hirotaka Takeuchi, The Knowledge-Creating Company, Oxford University Press, 1995。邦訳 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996