No. 90

エトス・パトス・ロゴス

正しさだけでは、言葉は届かない

His character may almost be called the most effective means of persuasion he possesses.

話す人の人柄こそ、その人が持つ説得の手立てのうちで、ほとんど最も力のあるものと言ってよい。

— アリストテレス『弁論術』第 1 巻第 2 章(W. Rhys Roberts 英訳)

Episode同じ広場で、二つの演説

シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』に、言葉の力をめぐる有名な場面があります。シーザーが暗殺された直後のローマの広場。殺した側のブルータスと、シーザーの友だったアントニーが、同じ群衆の前で、続けて演説をします。

先に立ったブルータスは、「私の名誉にかけて信じてほしい」と切り出し、整った散文で理由を述べます。シーザーを愛さなかったからではない。ローマをより愛したからだ。シーザーは野心を抱いた。だから討った、と。群衆は喝采し、「ブルータスをシーザーにしろ」とまで叫びます。群衆は、王を止めたはずの男を王にしようとしていたのです。

次に立ったアントニーは、こう始めます。

Friends, Romans, countrymen, lend me your ears;
I come to bury Caesar, not to praise him.

友よ、ローマの人々よ、同胞よ、耳を貸してほしい。私はシーザーを葬りに来たのであって、たたえに来たのではない。

— シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』第 3 幕第 2 場

彼はブルータスを責めません。「ブルータスは名誉ある人だ」とくり返しながら、群衆が自分の目で見た事実を並べていきます。捕虜の身代金で国庫を満たしたこと。祭りの日に三度差し出された王の冠を、三度退けたこと。これが野心だろうか、と。

そして、遺言状があると明かしながら、読むのを渋ってみせます。群衆が読めと迫ると、まずシーザーの亡骸を囲ませ、血に染まったマントを広げて、どの裂け目が誰の短剣かを指さしました。自分はブルータスのような弁士ではない、友を愛した、ただの飾り気のない男だ、と言い添えたのは、群衆の気持ちが傾いたあとでした。最後に遺言が読み上げられます。市民の一人ひとりに金を遺し、庭園をみなに開くと。群衆は暗殺者たちの家を焼きに走っていきました。

古代ローマの広場を描いた油彩。白い衣のアントニーが壇の上で片手を高く上げて語り、そのまわりを埋めた群衆が、腕を振り上げたり、顔を覆ってうずくまったりしている。
ウィリアム・ホームズ・サリヴァン(1836–1908)「『ジュリアス・シーザー』第 3 幕第 2 場 マーク・アントニーの演説」。ロイヤル・シェイクスピア・シアター所蔵。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

Origin説得の三つの柱

二千年以上前、アリストテレスは、言葉が人を動かす手立てを三つに分けました。話す人の人柄から生まれる力、エトス。聞く人の気持ちに働きかける力、パトス。そして、話そのものが示す筋道の力、ロゴス。

広場の二つの演説を、この三つで読み直すことができます。ブルータスが頼ったのは、自分の名誉と、野心ゆえに討ったという理屈でした。アントニーは、葬るために来たと言って自分を一歩引かせ、相手を責めない人柄を示し(エトス)、冠を三度退けたという誰もが見た事実で相手の理屈を崩し(ロゴス)、マントの裂け目と遺言で心を揺さぶりました(パトス)。三つの柱を、一人でそろえていたのです。

Meaning人柄は、話の中で示される

人柄というと、話す前から積み上がっている評判のことだと思いがちです。ところがアリストテレスは、人柄による説得は「話す人が何を言うかによって」なされるべきで、話しはじめる前に人がどう思っているかによるのではない、と書いています。そして、話し手を信じさせるものを三つ挙げました。分別、徳、そして聞く人への善意です。

ブルータスには、名誉も分別もありました。ただ、群衆のほうを向いた善意は、言葉に乗っていませんでした。自分の正しさを説明することに力を注ぐほど、聞く人が何を見て、何を失ったと感じているかは、視野から外れていきます。アントニーは逆に、群衆が自分の目で見たことから話しはじめました。正しさを主張するのではなく、相手が自分で正しさに気づく道を敷いたのです。

So what見ている事実から話す

言葉が届かないと、理屈が足りなかったのだと考えて、資料を厚くしたくなります。足りなかったのは、相手の側から見た事実や、相手のためを思っていると伝わる一言だったかもしれません。

届かなかったときは、資料を足す前に、相手がすでに見ている事実から話しはじめる。そのうえで、相手がいま感じていることに触れ、最後に筋道を通す。アントニーが広場でしたのは、その順番でした。

Sources

  1. Aristotle, Rhetoric, trans. W. Rhys Roberts, Book I, Part 2 classics.mit.edu; Book II, Part 1 classics.mit.edu
  2. William Shakespeare, The Tragedy of Julius Caesar, Act III, Scene 2 shakespeare.mit.edu
  3. William Holmes Sullivan, 'Julius Caesar', Act III, Scene 2, Marc Antony's Oration, Royal Shakespeare Company Collection(STRPG:A 1993.234)Wikimedia Commons(PD-Art、作者 1908 年没)