No. 20
螺旋
同じところを回りながら、登っている
Die Knospe verschwindet in dem Hervorbrechen der Blüte, und man könnte sagen, daß jene von dieser widerlegt wird.
つぼみは花が咲くと消えてしまう。つぼみは花によって打ち消された、と言うこともできるだろう。
G. W. F. Hegel, Phänomenologie des Geistes, Vorrede, 1807
Episode四十年後の植物
三十代の終わり、イタリアを旅していたゲーテは、ある春の朝、パレルモの公園へ出かけました。詩の続きを書くつもりで歩いていたのに、鉢やガラス越しにしか見たことのなかった南の植物が、空の下でのびのびと育っているのを見て、昔からの思いつきがまたよみがえります。
Eine solche muß es denn doch geben! Woran würde ich sonst erkennen, daß dieses oder jenes Gebilde eine Pflanze sei, wenn sie nicht alle nach einem Muster gebildet wären?
そういうもの(原植物)が、やはりあるにちがいない。すべてが一つの型からつくられているのでなければ、どうしてこれもあれも植物だと分かるだろう。
— ゲーテ『イタリア紀行』パレルモ、4 月 17 日の項
この問いから、三年後に『植物の変態』が生まれます。葉が姿を変えながら、がくになり、花びらになり、実になる。植物はみな、一つの形がくり返し変わっていくものだ、という考えです。
それからおよそ四十年、八十歳を前にしたゲーテは、同じ問いに戻ってきます。若い植物学者マルティウスが、葉や花が茎のまわりを螺旋を描いて並んでいく、という説を唱えたのです。ゲーテはこれを自分の変態の考えに組み入れ、「植物の螺旋傾向について」を書きました。短い版は、亡くなる前の年に出た『植物の変態』の新しい版の巻末に添えられています。ゲーテは最後の年まで、この考えと格闘し続けました。それでも、若いころの問いに、螺旋という新しい手がかりを持って戻ってきたのです。
Origin打ち消しながら、持ち上げる
冒頭の一節で、ヘーゲルはつぼみと花と実を例にしました。花はつぼみを打ち消し、実は花を打ち消すように見える。けれど、どれも一つの植物の命の欠かせない段階で、一つの命の全体をつくっている。ヘーゲルの弁証法は、打ち消しあうものが、より大きな全体の中で生きていく動きを描きました。
田坂広志は『未来を予見する「5つの法則」』で、この弁証法を螺旋にたとえ直し、その第一に「螺旋的発展」を挙げました。進歩は右肩上がりの一本道ではなく、螺旋階段を登るように起こる。上から見れば一周して元の場所に戻ったようでも、横から見れば一段上にいる。だから、古く懐かしいものが、新しい価値をまとって戻ってくる。田坂は講演で、電子メールを手紙の復活だと語っています。
Meaning戻ってきたのではなく、一段上にいる
人の歩みにも、同じことが起こります。何年かたって、また同じ問いの前に立っている自分に気づく。またここか、と思う。けれど、そこに立っているのは前と同じ自分ではありません。前の一周で見たものを、もう知っています。
ゲーテが四十年後に螺旋を受けとめられたのは、若いころに、葉が形を変えていくさまを自分の目で確かめていたからでした。最初の一周がなければ、新しい説はただの他人の発見で終わっていたでしょう。同じ問いに戻ることは、足踏みではありません。前の答えを打ち消さずに抱えたまま、一段高いところから問い直すことです。
So what一段上で、同じ問いに出会う
同じところを回っているように感じるときこそ、上からではなく横から自分を眺める。前の一周で見たものが、次の一周の足場になっています。
昔の問いに戻ってきたことは、後戻りのしるしではありません。同じ問いの前に立つたびに、見える景色は少しずつ遠くまで広がっています。
Sources
- G. W. F. Hegel, Phänomenologie des Geistes, 1807, Vorrede(Project Gutenberg)
- J. W. von Goethe, Italienische Reise, Palermo, 17. April 1787(Project Gutenberg)
- J. W. von Goethe, Versuch die Metamorphose der Pflanzen zu erklären, 1790。「植物の螺旋傾向について」Über die Spiraltendenz der Vegetation, 1831
- Bryan Klausmeyer, “Spirale (Spiral),” Goethe-Lexicon of Philosophical Concepts 1, no. 1, 2021(doi)
- J. W. von Goethe, Versuch über die Metamorphose der Pflanzen / Essai sur la métamorphose des plantes, Frédéric Soret 仏訳、Stuttgart: Cotta, 1831(独仏対訳版。巻末に螺旋傾向の短い版)
- 田坂広志『未来を予見する「5つの法則」 弁証法的思考で読む「次なる変化」』光文社、2008
- 田坂広志 卓話、2009 年 4 月 20 日(PDF)