No. 56
パノプティコン
見られていると思うだけで、人は変わる
BIG BROTHER IS WATCHING YOU
ビッグ・ブラザーが、あなたを見ている
ジョージ・オーウェル『一九八四年』(1949)
Episode見えない看守のいる塔
十八世紀の終わり、イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムは、新しい監獄の図面を描きました。円い建物の内側に、独房がぐるりと並ぶ。中央には一本の塔が立ち、看守はそこから、すべての独房を一度に見わたせる。けれど独房の側からは、塔の中は暗くて見えません。
囚人には、いま見られているのかどうかが分からない。だから、いつも見られているつもりでふるまうようになる。看守が眠っていても、塔が空っぽでも、かまわないのです。ベンサムはこの建物を、パノプティコンと名づけました。「すべてを見る」という意味の、一望監視の仕組みです。
Episodeビッグ・ブラザーの国
それから百五十年ほどのち、作家のジョージ・オーウェルは、この塔を国じゅうに広げた物語を書きました。『一九八四年』の世界では、どの部屋の壁にも、映像を映すと同時にこちらを見張る画面がはめこまれています。町じゅうのポスターから、口ひげの男がこちらを見下ろしている。その下に、ビッグ・ブラザーがあなたを見ている、と書かれています。
主人公のウィンストンは、画面の死角に身をひそめて、こっそり日記をつけはじめます。人々は表情ひとつにも気をつけて暮らし、やがて、心の中で考えることさえ、見張られているように感じはじめるのです。
Meaning見られていると思うだけで、人は変わる
哲学者のミシェル・フーコーは、ベンサムの塔に、近代の社会そのものの型を見ました。学校、工場、病院、兵舎。どこでも人は並べられ、見わたされ、記録されます。そのうち人は、見張られなくても、自分で自分を見張るようになる。フーコーはこれを、見えることは罠である、と言いあらわしました。
パノプティコンの怖さは、鎖や壁ではなく、視線の向きにあります。見る側は見えず、見られる側だけがいつも見える。この非対称が、命令しなくても人を従わせます。そしていまは、塔の看守のかわりに、数えきれない画面と記録が、静かにこちらを見ています。
So what視線の向きを確かめる
見られているかもしれない、という感覚は、人を慎重にもし、窮屈にもします。数字や記録で人の動きを見える形にする仕組みは、役に立つ一方で、いつのまにか塔の看守になりかねません。見る側が見えないまま、見られる側だけが、測られることに合わせてふるまいを変えていきます。
仕組みをつくるときには、視線がどちらを向いているかを確かめたいところです。誰が誰を見ているのか。見られる側から、見る側は見えているのか。見えることを、罠ではなく、互いを支える窓にする。その違いは、塔の高さではなく、視線を双方向にできるかどうかで決まるのだと思います。
Sources
- Jeremy Bentham, Panopticon; or, The Inspection-House, 1791
- George Orwell, Nineteen Eighty-Four, Secker & Warburg, 1949。邦訳 ジョージ・オーウェル『一九八四年』
- Michel Foucault, Surveiller et punir, Gallimard, 1975(« La visibilité est un piège »)。邦訳 ミシェル・フーコー『監獄の誕生』