No. 85
ノブレス・オブリージュ
守るために強くなり、強いから守る
Noblesse oblige.
高い身分は、義務を負う。
Pierre-Marc-Gaston de Lévis, Maximes et réflexions, 1808
Episode最初に立った人
百年戦争のはじめ、イングランドの王エドワード三世は、海峡に面したフランスの町カレーを長く包囲しました。そのあとのことを、年代記作者のフロワサールはこう伝えています。食べるものは尽き、飢えは金持ちの家にまで及んでいた。降伏を申し出た町に、王は条件を突きつけます。町でもっとも重んじられている市民を六人、帽子もかぶらず、裸足で、首に縄をかけ、町と城の鍵を持って出てこさせよ。その六人を好きにしてよいなら、ほかの者は許してやろう、と。
守備隊の長が鐘を鳴らして人々を広間に集め、条件を告げると、男も女も泣き崩れ、誰も口をきけなくなった。しばらくして、町でいちばん裕福な市民、ウスタシュ・ド・サン=ピエールが立ち上がって言いました。
Signeur, grans pités et grans meschiés seroit de laissier morir un tel peuple que ci a, par famine ou autrement, quant on y poet trouver aucun moiien. (…) Je, endroit de moy, ay si grant esperance d’avoir grasce et pardon envers Nostre Signeur, se je muir pour ce peuple sauver, que je voeil estre li premiers.
皆さん、手だてがあるというのに、これほどの人々を飢えやそのほかのことで死なせるのは、大きな哀れであり、大きな不幸です。(中略)私自身は、この人々を救うために死ぬのなら、主の恵みと赦しがいただけると強く望んでいます。ですから、私が最初の一人になります。
— Jean Froissart, Chroniques, livre I, §312
すると二人目が立ち、三人目が立ち、六人がそろいました。六人は肌着になって縄を首にかけ、泣き叫ぶ家族に見送られて門を出ます。王は首をはねよと命じましたが、身ごもっていた王妃フィリッパがひざまずいて願い、六人は許された、と年代記は結んでいます。

五百年あまりのち、カレーの町はこの六人の記念像をつくることにし、ロダンがそれを手がけました。できあがったのは、胸を張った英雄の像ではありませんでした。うつむき、苦しみ、自分の運命を受けとめようとする六人です。ロダンは、像を高い台座に載せず、見る人と同じ地面の高さに置きたいと望みました。
Origin持つ者が、負うもの
「ノブレス・オブリージュ」は、十九世紀のはじめにフランスの公爵レヴィが、貴族について書いた箴言の一つです。身分の高い者は、その身分にふさわしくふるまう義務を負う。のちに、恵まれた立場にある人ほど、弱い立場の人のために力を使わなければならない、という戒めとして広く使われるようになりました。
けれど、カレーで最初に立ったのは貴族ではなく、一人の市民でした。義務を生むのは称号ではなく、持っているものそのものです。富、信用、経験、人に聞いてもらえる声。それらを持つ人が動くと、周りの人も動けるようになります。持っているものは、そのまま人を動かす力、つまり強さです。だからこの言葉は、強さを何に使うかという問いでもあります。
Meaning守るために強くなり、強いから守る
ウスタシュの言葉には、勇ましさよりも、重さがあります。自分がいちばん持っている者だと知っていたからこそ、最初に立ったのでしょう。いちばん持っている人が先に出れば、ほかの人はその後に続ける。年代記の中でも、二人目からは一人ずつ立っていきます。持つ者の義務は、最初の一歩を引き受けることにあります。何もかもを一人で背負うことまでは求められていません。
ロダンが彫ったのは、恐れながら歩く六人でした。しかも、その像を見る人と同じ高さに置こうとした。守るために強くなり、強くなったら、こんどは守る。そのときの強さとは、怖いまま前に出ることです。台座の上の英雄に限らず、隣を歩く人にもできることとして、六人はそこに立っています。守るもののない強さは、ただの力になり、やがて誰かを押しのけるために使われます。
So what強さを、何に使うか
経験を重ね、できることが増え、任されることが大きくなる。気づけば、自分もいつのまにか、誰かより多くを持つ場所に立っていることがあります。
場が凍りついて、誰も口をきけないときは、怖いままでいいから、持っている者から先に口を開く。後から来る人、声の小さい人、まだ力を持たない人は、その後ろからなら続けます。
Sources
- Pierre-Marc-Gaston de Lévis, Maximes et réflexions sur différents sujets de morale et de politique, 1808。第5版 Maximes, préceptes et réflexions, Gosselin, 1825, p.86(この句が貴族についての節の冒頭に置かれていることは、N. Le Roux et M. Wrede (dir.), Noblesse oblige. Identités et engagements aristocratiques à l’époque moderne, PUR, 2017, Introduction pp.7–23, 注1 による)
- Jean Froissart, Chroniques, livre I, §§311–312(カレーの降伏と六人の市民)。Siméon Luce 編, t. IV, pp.53–63 gutenberg.org/ebooks/73443。この場面は、フロワサールがジャン・ル・ベルの年代記(chap. LXXX–LXXXI)によって書いたもの(Luce 編の注)
- Auguste Rodin, Les Bourgeois de Calais, 1884 年依頼、1895 年カレーで除幕。地面の高さに置くことを望んだこと: Kunstmuseum Basel “Auguste Rodin, The Burghers of Calais” kunstmuseumbasel.ch/en/74