No. 05
ネガティブ・ケイパビリティ
答えの出ないまま、とどまる力
Negative Capability, that is when man is capable of being in uncertainties, Mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact & reason.
ネガティブ・ケイパビリティ。それは、事実や理由をいらだたしく追い求めることなく、不確かさや、謎や、疑いの中にとどまっていられる力のことだ。
John Keats, 弟たちへの手紙, 1817
Episode冬の帰り道
二十二歳の詩人ジョン・キーツは、ある冬の晩、友人と連れだって歩きながら、話をしていました。その帰り道、ふと、ある考えがまとまります。偉大な仕事をした人たち、とりわけシェイクスピアがもっていたのは、分からないことを分からないままにしておける力だったのではないか。
彼はそれを、弟たちへの手紙に書きつけました。そして、その力を「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼びました。何かを成しとげる力ではなく、すぐに答えを出さずにいられる力。その手紙はやがて、長いあいだ忘れられることになります。
Origin答えを急がない力
百五十年ほどたって、この言葉を掘り起こしたのは、心の病を診る医者たちでした。目の前の人の苦しみを、すぐに分かったつもりにならず、分からなさに耐えながら、そばにいつづける。それこそが治療の土台になる、と彼らは考えたのです。
私たちはふつう、問題を素早く見つけて、素早く解く力を求めます。ネガティブ・ケイパビリティは、その反対側にある力です。答えの出ない事態に、性急に答えを当てはめず、宙ぶらりんのまま持ちこたえる。消極的に見えて、じつはとても骨の折れる力です。
Meaning先の見えない時代に
変わりやすく、不確かで、複雑で、あいまい。いまの世界は、そんな四つの言葉の頭文字をとって VUCA と呼ばれることがあります。昨日の正解が、今日はもう通じない。どれだけ調べても、先のことは確かには分からない。
そんなとき、分からなさに耐えられないと、人は手近な答えに飛びつきます。分かりやすい原因、分かりやすい敵、分かりやすい処方箋。けれど複雑なものを単純に割り切ると、たいてい、大事なものが取りこぼされます。分からないまま、もう少しだけ見つめつづける。その間にこそ、まだ誰も気づいていない形が、少しずつ見えてくることがあります。
So what宙ぶらりんに、とどまる
答えの出ない時間は、居心地がよくありません。早く決めてしまいたい、早く楽になりたい。その気持ちは自然なものです。
けれど、すぐには答えを出さずに、もう一晩、分からなさの中にとどまってみる。急がずに、けれど目は離さずに。先の見えない時代に必要なのは、速く答える力だけではなく、答えの出ないまま歩きつづける力なのだと思います。
Sources
- John Keats, 弟 George と Tom に宛てた手紙, 1817 年 12 月
- 帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ ― 答えの出ない事態に耐える力』朝日選書、2017