No. 03

無用の用

役に立たないものが、いちばん大きく育つ

人皆知有用之用,而莫知无用之用也。

人はみな、役に立つものの役立ち方は知っている。けれど、役に立たないものの役立ち方を知る人はいない。

『荘子』人間世篇

Episode社の大木

腕のいい大工の親方が、弟子を連れて旅をしていました。ある村の社に、見上げるほどのくぬぎの大木が立っています。見物人が市のように集まっているのに、親方は目もくれずに通り過ぎました。

あわてて追いかけた弟子が、なぜ見ないのかと尋ねると、親方は言います。あれは役に立たない木だ。舟にすれば沈む。棺にすればすぐ腐る。器にすればすぐ壊れる。戸にすれば脂がにじみ、柱にすれば虫に食われる。何にも使えない。だから、あれほど長生きできたのだ。

家に帰ると、その大木が親方の夢に出てきました。役に立つ木を見てみよ、と木は言います。実のなる木は、実をもがれて枝を折られる。役に立つせいで、寿命をまっとうできない。わたしは長いあいだ、役に立たないことを求めてきた。死にかけたこともあったが、ようやくそれを手に入れた。それが、わたしの大きな役立ちだ。もしわたしが役に立っていたら、ここまで大きくなれただろうか。

Origin荘子の問い

この話は、中国の戦国時代の思想家、荘子の言葉を集めた書物『荘子』にあります。その一篇は、こう結ばれます。山の木は、役に立つから自ら切られる。灯の油は、燃えるから自らを焼く。肉桂は食べられるから伐られ、漆は使えるから幹を割かれる。人はみな、役に立つものの役立ち方は知っているが、役に立たないものの役立ち方を知らない。

荘子は、役に立つことそのものを否定したわけではありません。役に立つかどうかという、たった一つの物差しで物を測るとき、見えなくなるものがある。そう言っているのです。

Meaning空っぽだから、器になる

同じ流れの古い書物『老子』には、もっと身近なたとえがあります。三十本の輻が一つの轂に集まる。その真ん中が空いているから、車輪として回る。粘土をこねて器をつくる。その中が空っぽだから、器として使える。戸や窓をくり抜いて部屋をつくる。その何もないところがあるから、部屋として住める。

形のあるものは、便利さを生む。けれど、ものを働かせているのは、形のない、空いたところのほうだ。『老子』は、そう結んでいます。私たちは、器の形や壁の厚さに目を奪われがちです。けれど水を受けとめるのは、器の空っぽのほうです。

空いたところが、働きを生む 三つの絵が並ぶ。左は、輻が真ん中の空いた轂に集まる車輪。中は、中が空っぽの器。右は、壁に囲まれた何もない部屋。どれも、空いたところだけが青く塗られている。 車輪器部屋 空いた轂で回る空っぽで受ける何もなくて住める
形のあるものが便利さを生み、空いたところが働きを生む。『老子』第十一章のたとえを描いたもの

Meaning役立ちを考えなかった人たち

二千年以上たって、同じことを科学の言葉で書いた人がいます。二十世紀のアメリカで研究所を率いたエイブラハム・フレクスナーは、役に立たない知識の有用性という随筆で、無線の話をしました。電波を使えるようにしたのは、発明家のマルコーニだと思われている。けれどその前に、電磁気を数式で描いたマクスウェルと、電波を確かめたヘルツがいた。二人は、役に立つかどうかを考えない天才だった。マルコーニは、役立ちしか考えない、賢い発明家だった、と。

役に立つかどうかを問わずに進む好奇心こそが、新しいものを生む土になる、とフレクスナーは書きます。荘子の大木と同じです。すぐに役立てようとしなかったから、大きく育つ時間があった。

So what役に立たない時間を、とっておく

手帳の空白、目的のない散歩、答えの出ない問い、すぐには使い道のない読書。どれも、役に立つかどうかで測れば、まっさきに削られるものです。けれど、器の空っぽが水を受けとめるように、その空いたところが、思いがけないものを受けとめます。

役に立つかどうかを、一度脇に置いてみる。役に立たないまま、大きく育つものもあります。

Sources

  1. 『荘子』人間世篇(匠石と櫟社の樹、篇末「人皆知有用之用,而莫知无用之用也」)zh.wikisource.org。現代語訳はこの覚え書きによる
  2. 『老子』第十一章(王弼本)「三十輻共一轂,當其無,有車之用。埏埴以為器,當其無,有器之用。鑿戶牖以為室,當其無,有室之用。故有之以為利,無之以為用。」zh.wikisource.org
  3. Abraham Flexner, “The Usefulness of Useless Knowledge,” Harper’s Magazine 179, 1939, pp.544–552。邦訳『「役に立たない」科学が役に立つ』初田哲男監訳、野中香方子・西村美佐子訳、東京大学出版会、2020