No. 113
大切なモノ
モノには、注いだ時間と人が宿る
Episode家でいちばん大切なもの
心理学者のミハイ・チクセントミハイと社会学者のユージン・ロックバーグ=ハルトンは、ある大きな町で、八十あまりの家族の家を訪ねました。祖父母、親、子どもの三世代に、一人ずつ同じことを尋ねます。この家の中で、あなたにとって特別なモノは何ですか。なぜ、それが特別なのですか。
挙がったのは、家具、絵、写真、本、ステレオ、楽器、植物、ぬいぐるみ。値の張るものもあれば、誰にも価値の分からないものもありました。けれど、理由を聞いていくと、話はモノそのものからすぐに離れていきました。これは祖母が嫁入りのときに持ってきた椅子で。これは娘が小さい頃に描いてくれた絵で。人々が語っていたのは、モノを通して結ばれた、人と時間のことだったのです。

Meaningするためのモノ、思いをめぐらすモノ
答えを並べてみると、世代によって、大切なモノの種類がはっきり違っていました。子どもや若い人は、ステレオやテレビ、スポーツの道具のように、何かをするためのモノを挙げることが多かった。年を重ねた人ほど、写真や受け継いだ家具、贈られた品のように、思いをめぐらすためのモノを挙げました。
若いときのモノは、自分の力を外へ広げる道具です。年を重ねると、モノは、自分がどこから来て、誰とつながってきたかを映す鏡になっていく。どちらが上ということではありません。人は、そのときどきに必要な自分を、身のまわりのモノに支えられて保っているのです。
ただ、二つの列のあいだには、どちらにも収まりきらないモノがあります。若い人が挙げたステレオと同じ、音を鳴らすモノでも、レコードは、盤を選び、針を落とし、面を返さなければ鳴りません。するためのモノでありながら、聴きこむほどに、思いをめぐらすモノへ変わっていく。年を重ねて欲しくなるのは、こうして手をかけ続けることで、長く楽しめるモノなのかもしれません。
Meaning注いだ心が、意味になる
二人は、人がモノに意味を与える営みを、耕すことになぞらえました。畑を耕すように、人は長い時間をかけて、モノに注意を注ぎ、思い出を重ねていく。そうして耕されたモノは、持ち主にとって、ほかの何とも替えられないものになります。
耕されるのは、モノの側だけではありません。ピアノは、十年たってもほとんど姿を変えない。変わっていくのは、弾く手と、ピアノとのつきあい方のほうです。モノに注意を注ぐことは、モノとの関係を育てることであり、同時に、自分を育てることでもあるのです。
そして、モノの意味は、家族の姿も映していました。家族とのつながりを語るモノの多い家では、人々は家族を温かく感じていた。一方で、モノの話が値段や便利さで終わる家では、家族の結びつきもどこか薄かったといいます。モノに何を託しているかは、その人が何に心を注いで生きているかを、静かに語っているのです。
So whatモノに、時間を預ける
新しくて便利なモノは、すぐに手に入ります。けれど、手に入れたばかりのモノには、まだ意味がありません。意味は、使いこみ、手入れをし、誰かと一緒に過ごした時間の中で、少しずつ育っていきます。
年を重ねると、モノにお金を使わなくなる。そう感じることがあります。けれど、変わるのは額よりも、買い方の形なのだと思います。小さく何度も買うのをやめて、少なく、深く買う。部品を一つずつ替えていけるか、直しながら使えるか、自分の手や耳が育つのを待ってくれるか。見るところが、値段や便利さから、育つ余地へと移っていくのです。
だから、モノを選ぶときには、それと一緒に育っていけるかを考えてみる。誰かに贈るときには、モノと一緒に、ともに過ごした時間を手渡すつもりで。身のまわりのモノは、私たちが何に心を注いできたかの記録です。その記録が、いつか自分を支え、次の世代へ受け継がれていくのだと思います。
Sources
- Mihaly Csikszentmihalyi, Eugene Rochberg-Halton, The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self, Cambridge University Press, 1981。邦訳 M・チクセントミハイ、E・ロックバーグ=ハルトン『モノの意味 大切な物の心理学』市川孝一・川浦康至訳、誠信書房