No. 97
モードレス
入口ごとに、部屋を分けない
Don’t mode me in.
私をモードに閉じこめないで。
ラリー・テスラーが好んで掲げた言葉
EpisodeNO MODES のナンバープレート
計算機科学者のラリー・テスラーは、車のナンバープレートに、NO MODES と刻んでいました。モードはいらない。彼が一生をかけて取り組んだのは、その一言でした。
一九七〇年代のはじめ、文章を直すための計算機には、いくつものモードがありました。文字を打つモード、消すモード、動かすモード。同じキーを押しても、いまどのモードにいるかで、起きることがまるで違う。うっかりモードを取り違えると、打ったつもりの文字が命令として働き、大事な文章が消えてしまいます。
テスラーたちは、計算機に触れたことのない人に、紙の原稿を直すようにやってもらい、その手つきを見つめました。人は、まず直したいところに印をつけ、それから「ここを消す」「ここへ移す」と決めていた。その観察から、彼らはモードのない文章の道具をつくります。いまでは誰もが使っている、選んで、切りとって、貼りつけるという手つきは、そこから広まりました。
Meaningモードとは、隠れた状態
モードとは、同じ操作が、そのときの状態によって違う意味を持つことです。大文字の固定を入れたまま気づかずに打った合い言葉が、通らない。あの小さないらだちが、モードの正体です。道具のほうが状態を持ち、人はそれを覚えておかなければならない。覚えそこねたとき、悪いのは道具なのに、人は自分のうっかりを責めます。
モードレスな道具は、順番を逆にします。まず、扱いたいものに触れる。それから、したいことを選ぶ。人は、いまどのモードにいるかを覚えておく必要がなく、いつでも、どこからでも、次の一手を始められます。UI デザイナーの上野学は、これを、道具が人に手順を押しつけるのではなく、人が自分の順番でものを扱えるようにすることだと書きました。モードを減らすことは、人を自由にすることなのです。
Meaningマルチモーダルで、モードレス
計算機は、いま、ますます自然の一部のようになってきています。話しかければ答え、写真を見せれば読みとり、手で描いた線から形を起こす。声も、絵も、身ぶりも、文字も、同じように受けとってくれる。こうした受けとり方の多さを、マルチモーダルと呼びます。
似た言葉ですが、向きは反対です。マルチモーダルは、入口がたくさんあること。モードレスは、入口ごとに部屋を分けないこと。話している途中で絵を見せ、絵を指さしながら書き足しても、道具のほうは、いまどの部屋にいるかを問いません。受けとり方が増えるほど、道具はモードを手放し、人は、思いついた順番のまま考えられるようになっていきます。計算機が、空気や水のように周りに溶けこむとき、その自然には、きっとモードがありません。
So whatまず、ものに触れられるように
仕事の仕組みにも、モードはひそんでいます。この申請はこの画面から、この相談はこの会議で、この順番でしか進められない。手順を固めると、迷う人は減ります。けれど、その分だけ、人は仕組みの都合に合わせて、自分の考える順番を曲げることになります。
道具や仕組みをつくるときには、まず、人が扱いたいものに直接触れられるかを考えてみる。どこからでも始められ、途中で向きを変えられ、戻る場所を覚えておかなくていい。受けとり方の多い時代に、人を自由にするのは、入口の多さよりも、部屋を分けないことなのだと思います。

Sources
- 上野学『モードレスデザイン 意味空間の創造』。 modelessdesign.com
- Jef Raskin, The Humane Interface: New Directions for Designing Interactive Systems, Addison-Wesley, 2000。邦訳 ジェフ・ラスキン『ヒューメイン・インタフェース』ピアソン・エデュケーション
- Larry Tesler, “A Personal History of Modeless Text Editing and Cut/Copy-Paste”, interactions 19(4), 2012