No. 14

百年の年表

From the future

Episode港の漁師と、旅の人

海辺の小さな港で、一人の漁師が舟の上でうとうとしていました。通りかかった旅の人が、もったいない、と声をかけます。もっと何度も漁に出て、舟を増やし、魚を町へ売りに出せば、いつかは大きな商いができるでしょう、と。

漁師は聞き返します。そんなに稼いで、それからどうするんです。旅の人は答えます。そうしたら、のんびり港に座って、日なたで昼寝をして、海を眺めて暮らせますよ。漁師は言いました。それなら、もうやっていますよ。

遠くにあるはずだった暮らしは、じつは今日のうちにもできる。そう気づくと、未来のために今を我慢する、という順番が少し揺らぎます。

穏やかな入り江の小さな港。岸に沿って古い家が並び、水の上に小舟がいくつか静かに浮かんでいる。遠くに帆が見える。
リヒャルト・リップス「漁船のあるイタリアの港」(1900 年ごろ)。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

Meaning人生を、百年の長さで眺めてみる

ある晩、ノートに自分の年表を書いてみたことがあります。生まれた年から百歳まで目盛りを打ってみると、これまで見えていたのは、そのほんの手前までだったことに気づきました。

百年の長さで捉えると、時間はたっぷりあります。未来を怖がったり、つまらない動画で時間を溶かしたり、お金のためだけに働いたりしなくていい。やりたいことを、時間をかけて、一つずつやっていけばいいのだと思えました。

何を大事にして、どこへ向かうか。そのものさしは、誰かに渡すものではありません。自分で決めて、自分で動く。先に未来の姿を置いておくと、今日の小さな選択にも迷わなくなります。

Episode未来と今が、同時に起こる

映画『メッセージ』では、ある朝、世界のあちこちの空に、巨大な殻のようなものが音もなく浮かびます。主人公は、その中にいる者たちの言葉を読み解くために呼ばれた言語学者です。彼らの文字には始まりも終わりもなく、一つの円の中に、言いたいことのすべてが同時に書かれています。

墨を一筆で円に走らせたような文字。輪のところどころが太く滲み、細い飛沫が外へ散っている。
映画『メッセージ』に出てくる円の文字の一つ。画像: Wolfram Research, Arrival-Movie-Live-Coding(CC BY-NC 4.0)

言葉を覚えるにつれて、彼女には、これから起こることが思い出のように見えはじめます。先にある喜びも、悲しみも知ったうえで、それでも彼女はその道を選び、今日を生きていきます。未来の姿と、目の前の時間が、一つの場面の中に重なっているのです。

So whatいまから、その暮らしを

未来の姿を描くのは、そこへたどり着くまで今を後回しにするためではありません。描いた暮らしのかけらを、今日から少しずつ始めてみる。漁師のように、遠くにあるはずのものを、もう手の中に置いてみる。

長い年表の上に立つと、いまいる場所は、まだ最初の季節の途中に見えます。未来を思い浮かべながら、今を生きる。そうすると、未来は待つものではなく、今日と同時に起こりはじめるもののように思えてきます。

Sources

  1. Heinrich Böll, „Anekdote zur Senkung der Arbeitsmoral“(労働意欲の低下についての小話), 1963。北ドイツ放送(NDR)のメーデーの番組のために書かれた短編。旅行者と港でまどろむ漁師の逸話の元で、のちに多くの語り直しが広まる。en.wikipedia.org
  2. Denis Villeneuve 監督『メッセージ』(Arrival)2016。原作 テッド・チャン「あなたの人生の物語」(Story of Your Life)1998