No. 36

明けの明星

同じものを指す、二つの名

Es würde die Bedeutung von „Abendstern“ und „Morgenstern“ dieselbe sein, aber nicht der Sinn.

「宵の明星」と「明けの明星」の指すものは同じだろう。しかし、意義は同じではない。

Gottlob Frege, „Über Sinn und Bedeutung“, 1892

Episode夕方の星と、明け方の星

古い時代の人々は、日が沈んだあと西の空にひときわ明るく光る星と、日が昇る前に東の空に光る星とを、別々の星だと考えていました。ギリシアでは、夕方の星をヘスペロス、明け方の星をフォスフォロスと呼びました。

のちに、二つは同じ一つの星、金星だと分かります。「宵の明星は、宵の明星である」という文は、何も教えてくれません。けれども「宵の明星は、明けの明星である」という文は、空を見上げつづけた人たちの、大きな発見を伝えています。二つの名が同じ星を指しているのなら、なぜ二つの文の値打ちは、これほど違うのでしょうか。

Origin名には、二つの面がある

この問いを考えたのは、ドイツの数学者ゴットロープ・フレーゲでした。算術の正しさがどこから来るのかを知りたくて、言葉の曖昧さを一つずつ取り除いていった人です。

髭の濃い年配の男性が、机の前で開いた本に手を添えて座っている白黒写真。
ゴットロープ・フレーゲ、1905 年ごろ。撮影: Emil Tesch。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

フレーゲの答えはこうでした。名には二つの面がある。一つは、名が指している当のもの。もう一つは、そのものが私たちに与えられる仕方です。前者を彼は Bedeutung(意味)、後者を Sinn(意義)と呼びました。宵の明星と明けの明星は、指すものは同じでも、夕方の西の空と、明け方の東の空という、違う仕方で与えられています。

二つの名、二つの与えられ方、一つの星 左上に「宵の明星」、左下に「明けの明星」という二つの名がある。それぞれ「夕方・西の空」「明け方・東の空」という与えられ方を通って、右の一つの星「金星」へ線が集まる。 名 与えられ方 指すもの 宵の明星 明けの明星 夕方・西の空 明け方・東の空 金星
指すものは一つでも、与えられ方は二つある。フレーゲ「意義と意味について」をもとに描いたもの

Meaning同じものを指していても、同じ知らせではない

指すものが同じでも、与えられ方が違えば、二つの名は違う知らせを運びます。日本語で読むときは、少し注意がいります。フレーゲの Bedeutung はふつう「意味」と訳されますが、中身は名が指している当のものです。私たちが日常で言う「意味」に近いのは、むしろ Sinn(意義)のほうです。

同じ年、フレーゲはもう一つの区別も書いています。「ソクラテスは賢い」という文は、「_は賢い」という穴のあいた部分と、その穴を埋める「ソクラテス」からできている。穴のあいた部分が概念、穴を埋めるものが対象です。穴があるから、言葉どうしはくっついて文になる。「_は_に応える」のように穴が二つあれば、それは二つのものの関係になります。

So what名をそろえても、名を消さない

同じものに、いくつもの名がついていることがあります。つくる人の呼び名、売る人の呼び名、使う人の呼び名。それを一つに揃えたくなるのは自然なことです。

けれど、別の名はただの言い間違いではありません。それぞれの場所から、そのものがどう見えているかを運んでいます。話がすれ違うとき、ずれているのは指すものではなく、与えられ方のほうかもしれない。指すものを一つに確かめながら、名のほうは残しておく。そうすると、同じものを見ている人どうしが、互いの空の見え方を知ることができるのだと思います。

Sources

  1. Gottlob Frege, „Über Sinn und Bedeutung“, Zeitschrift für Philosophie und philosophische Kritik NF 100, 1892, pp.25–50。邦訳「意義と意味について」『フレーゲ著作集 4』勁草書房、1999 ほか
  2. Gottlob Frege, „Über Begriff und Gegenstand“, Vierteljahrsschrift für wissenschaftliche Philosophie 16, 1892。邦訳「概念と対象について」同上