No. 63

削る

Subtract

Il semble que la perfection soit atteinte non quand il n’y a plus rien à ajouter, mais quand il n’y a plus rien à retrancher.

完璧とは、もう足すものがなくなったときではなく、もう削るものがなくなったときに、ようやく届くものらしい。

Antoine de Saint-Exupéry, Terre des hommes, 1939, 第三章「飛行機」, p. 59(Le Livre de Poche)

Episode一本の柱を抜けばよかった

机の上に、ブロックで組んだ小さな台が置かれています。台の板は、片隅の一本の柱だけで支えられていて、脚が一本しかないテーブルのように傾いている。この上にれんがを一つ載せても崩れないようにできたら、謝礼を払います。ただし、部品を一つ足すごとに十セントかかります。そう告げられて、人々は台を直しはじめました。

いちばん安上がりな答えは、足すことではありませんでした。片隅の柱を一本抜けば、板は下の段にぴたりと座り、れんがを載せても揺れません。けれど、指示に「足すと十セントかかる」とだけ書いた組で、柱を抜いたのは四割ほど。残りは足すほうへ向かいました。「取るのは無料」と一言添えた組では、抜いた人が六割に増えました。

ブロックの台を直す二つのやり方 三つの絵が横に並ぶ。左は元の形で、土台の上の板が片隅の一本の柱だけで支えられ、傾いている。真ん中は、反対の隅に柱を足して支えたもの。部品を足すと一つ十セント。右は、元の柱を抜いて、板を土台の上にじかに載せたもの。抜くのは無料。 + 元の形柱を足す柱を抜く 一本の柱で傾く一つ十セント無料
抜けば済むところで、多くの人は足すほうを選んだ(Adams ほか 2021 の実験をもとに描き直したもの)

行動科学者と工学者の四人が、この台のほかにも、模様を左右対称に直す、旅の予定を組み直す、文章を良くする、といった課題を、大勢の人に出しました。ある大学で新しい学長が改善の案を募ったときの記録も調べています。足すか減らすかに分けられた六百五十一件のうち、何かをやめる・減らす案は、一割ほどでした。

Here we show that people systematically default to searching for additive transformations, and consequently overlook subtractive transformations.

人は、何かを足す変え方を探すことを決まって初めの手にし、その結果、何かを取り除く変え方を見落とす。

Gabrielle S. Adams, Benjamin A. Converse, Andrew H. Hales, Leidy E. Klotz, “People systematically overlook subtractive changes,” Nature, 2021, p. 258

Originフォークの歯は、なぜ四本か

フォークの歯も、はじめから四本だったわけではありません。古いフォークは二本の歯で、肉を押さえて切るための道具でした。けれど二本では、刺した食べものがすきまからこぼれ落ちてしまう。その不便を埋めるように、歯は三本になり、やがて四本になりました。そして四本で、変わるのをやめました。

道具の歴史を書いたヘンリー・ペトロスキーは、こうした移り変わりを「形は失敗に従う」と言い表しました。ものの形は、使う人がつまずくたびに少しずつ変わり、もう困らなくなったところで、変わるのをやめる。いきすぎた形は、使われなくなって消えていきます。

Meaning自然は削ってくれるが、自分の手は削らない

道具は、長い時間をかけて、使う人の手に削られます。けれど、自分の手でつくったものには、その削り手がいません。思いついたことを足し、念のためにと足し、足したものは、作り手が手放さないかぎり残りつづけます。

しかも人の頭は、もともと足すほうから考えるようにできているらしい。足す案はすぐに浮かびますが、取り除く案は、わざわざ探さないと浮かばない。先の研究では、頭が別のことで忙しいときほど、取り除く案はさらに出にくくなりました。削ることは、足すことより、ずっと手間のかかる仕事なのです。

ただ、削る手がかりは、作り手の好みではなく、使う人のつまずきにあります。ペトロスキーのフォークが三本目、四本目の歯を得たのは、食べものがこぼれたからでした。誰が、どこで困っているか。それが分かれば、何を残し、どこまで削るかも決まります。

So what「取るのは無料」と書き添える

台を直した人たちの答えを変えたのは、たった一言でした。取るのは無料、と書いてあるだけで、柱を抜く人は増えたのです。

もう一つ足したくなったときは、その前に、何を取れるかを一度だけ考えます。使う人がもう困らなくなったところで手を止め、余分な一本を自分で抜く。自然に任せられない分だけ、作り手が自分の手で、最後の一本を削ります。

Sources

  1. Antoine de Saint-Exupéry, Terre des hommes, Gallimard, 1939, 第三章 “L’Avion”(Le Livre de Poche 版 p. 59。文言は Wikiquote で照合)。邦訳『人間の土地』堀口大學訳、新潮文庫
  2. Gabrielle S. Adams, Benjamin A. Converse, Andrew H. Hales, Leidy E. Klotz, “People systematically overlook subtractive changes,” Nature 592, 258–261, 2021(ブロックの台は Experiment 1、p. 259。学長への改善案 651 件のうち引く案 70 件=11% は study S2、p. 258) doi.org
  3. Henry Petroski, The Evolution of Useful Things, 1992。邦訳 ヘンリー・ペトロスキー『フォークの歯はなぜ四本になったか ― 実用品の進化論』忠平美幸訳、平凡社