No. 108
簡素
限りあるものを、大事なことに集める
Non exiguum temporis habemus, sed multum perdidimus.
私たちに与えられた時間が短いのではない。私たちが、その多くを失っているのだ。
セネカ『人生の短さについて』
Episode方丈の庵
八百年ほど前の京の都で、鴨長明という人が、大火や辻風や飢饉に、町が次々と崩れていくさまを見つめていました。立派な屋敷も、積みあげた財も、一夜で灰になる。人が住まいと持ちものに心をすり減らす姿を、彼は何度も目にします。
晩年、長明は都を離れ、山あいに、一丈四方ほどの小さな庵を結びました。広さはわずか数畳。組み立て式で、気に入らなければ車二台でどこへでも運べる。琴と琵琶と、わずかな書物だけを置き、窓から季節の移ろいを眺めて暮らしたといいます。持ちものが少ないことを、彼は嘆くのではなく、身軽さとして楽しみました。
Meaning持つものが、時間を食べる
ものが多い部屋では、探しものをする時間が、知らないうちに積み重なっていきます。どこに置いたか分からない鍵、見つからない書類。だから、すぐに戻せる場所を一つずつ決め、収納には余白を残し、一つ入れたら二つ手放す。売れるかどうかで迷うものは、たいてい、もう要らないものです。
ものを減らすことは、我慢ではありません。ものに預けていた時間と注意を、自分の手に取り戻すことです。
Meaning限りの中で、選ぶ
入ってくるお金の多さは、なかなか自分では決められません。けれど、何に使うかは、自分で決められます。この範囲の中でやると決めると、かえって知恵が働きはじめる。そして使い道を選ぶとき、自分の価値観がはっきりと現れます。
よく眠ること、よく休むこと、からだを動かし、学ぶこと。気の合わない付き合いや、長すぎる移動を減らし、空いた時間を、大切な人と過ごすことに使う。誰かのために使うなら、まずはいちばん近くにいる人のために。目の前の得よりも、三十年先の自分と、その周りの人がどうなっているかを考えて選ぶ。
町を歩きながら、これは誰が、どんな思いで始めたもので、どれくらいのお金が動いているのだろう、と考えてみるのも一つの稽古です。お金の流れが見えると、自分のお金を、どこへ流したいのかも見えてきます。
Meaning何度も読む
好きな本は、何度も読む。好きな映画は、何度も観る。新しいものを次々に追うより、一つを深く味わうほうが、言葉はからだに残ります。知っている、で終わらせず、それを自分の考え方や、生き方のものさしにしていく。持ちものを減らすのと同じように、心に置くものも、選んで大事にするのです。
Meaning覚えておくために、置き場所を決める
古代ギリシャの詩人シモニデスは、宴の席を外したあとに建物が崩れ落ち、誰が誰だか分からなくなった犠牲者を、それぞれが座っていた場所を思い出すことで言い当てたと伝えられています。人は、ものごとを場所と結びつけると、驚くほどよく覚えていられる。そこから、覚えたいことを頭の中の部屋に一つずつ置いていく記憶の術が生まれました。
好きなものも、ただ通りすぎるだけでは、いつのまにか忘れてしまいます。忘れたものは、もう思い出すこともなく、深まることもない。だから、好きになったものは、置き場所を決めてしまっておく。整理された棚があれば、思い出すのも、誰かに話すのもたやすくなり、そのたびに、好きは深くなっていきます。
So whatやりたいことのために、手放す
何かをやめるとき、私たちはつい、それがよくないからやめるのだと考えます。けれど、否定から始めた引き算は、どこか苦く、長続きしません。
そうではなく、やりたいことがあるから、そのために、ほかのことを手放す。前に引っぱる力に身を任せて、引き算をする。限りある時間と、お金と、注意を、自分にとってほんとうに大事なことへ集めていく。簡素な暮らしとは、何もない暮らしではなく、大事なものだけが、くっきりと見える暮らしなのだと思います。
Sources
- 鴨長明『方丈記』1212
- Lucius Annaeus Seneca, De Brevitate Vitae。邦訳『人生の短さについて』