No. 60
理解の秘密
分かるとは、知っていることにつなぐこと
You only learn things relative to something you understand.
あなたが理解できるのは、すでに理解している物事と関連のある物事だけである。
Richard Saul Wurman, Information Anxiety, 1989
Episode回路図のような地下鉄の地図
一九三〇年代のはじめ、ロンドンの地下鉄の地図は、地上の地形をそのままなぞって描かれていました。路線は曲がりくねり、都心では駅が重なりあい、郊外の駅は紙の端へ押しやられる。乗る人にとって、どこで乗り換えればいいのかが見えにくい地図でした。
これを描き直したのが、ハリー・ベックという製図工です。ふだんの仕事は、電気の回路図を描くこと。彼は地下鉄の路線を、回路図と同じように、縦と横と斜めの直線だけで描き、駅と駅の間隔をそろえました。実際の距離は、思いきって捨てたのです。はじめは突飛すぎると退けられましたが、試しに刷られた地図はあっという間に駅からなくなり、やがて世界中の路線図の手本になっていきました。
乗る人が地下で知りたいのは、町の正確な形ではなく、どの順に駅が並び、どこで線が交わるかでした。ベックは、自分がよく知っていた回路図の描き方を、乗る人がすでに分かっている「順番」と「つながり」に結びつけたのです。
Origin分からない、から始める人
建築家だったリチャード・ソール・ワーマンは、建物ではなく情報を設計する人を「インフォメーション・アーキテクト」と呼びました。あふれる情報の前で途方に暮れる人のために、情報を分かる形に組み立て直す仕事です。
ワーマンは、自分の強みは「分からないこと」だと言いつづけました。分からないから、分かるまで問いを立てる。分かった瞬間に、何が起きたのかを確かめる。その観察から、情報を整理するやり方は突きつめれば五つしかない、という見方も生まれました。場所、五十音、時間、種類、大きさや重要さの順。どの並べ方を選ぶかで、同じ情報がまったく違う顔を見せます。
道順の教え方や、ものの使い方の説明のような、ごく身近な「伝える手順」にまで目を向けた本に、ワーマンは『理解の秘密』という題をつけました。理解は、特別な才能ではなく、伝え方の設計で生まれるものだ、という考えです。
Meaning分かるとは、つなぐこと
知らない町で道を尋ねたとき、「二つ目の角を右」と言われるより、「パン屋の角を右」と言われるほうが、ずっと迷いません。パン屋なら、誰でも見れば分かるからです。よい道案内は、相手がすでに知っているもの、見れば分かるものを手がかりに道を組み立てます。
認知科学者のドナルド・ノーマンは、私たちの知識は頭の中だけにあるのではなく、外の世界にも置かれていると書きました。ドアの取っ手の形、スイッチの並び、角のパン屋。見れば分かる手がかりが世界の側にあれば、人はすべてを覚えていなくても迷いません。分かりやすさの半分は、頭の外の設計にあるのです。
理解も同じです。白紙に新しいことを書きこむのではなく、すでに頭の中にある地図に、道を一本つなぐ。だから、どれだけ正しい情報でも、相手の地図のどこにもつながらなければ届きません。ベックの路線図が分かりやすかったのも、乗る人がすでに知っていた「順番」と「つながり」だけを手がかりにしたからでした。
So what相手の地図から始める
何かを伝えようとするとき、私たちはつい、自分が知っている順番で話しはじめます。けれど、聞く人の頭の中には、まだその道はありません。
まず、相手がすでに何を知っているかを訪ねる。その人の地図の端に立ち、見れば分かる目印を探し、そこから一本ずつ道を延ばしていく。理解の秘密は、情報を減らすことでも飾ることでもなく、相手の知っている場所から歩きはじめることなのだと思います。
Sources
- Harry Beck, ロンドン地下鉄路線図、1933
- Richard Saul Wurman, Information Anxiety, 1989
- リチャード・ソール・ワーマン『理解の秘密 ― マジカル・インストラクション』NTT出版
- D. A. ノーマン『誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ― 認知科学者のデザイン原論』岡本明ほか訳、新曜社、2015(頭の中の知識と、外界にある知識)