No. 104
ひとりから始める
まだない意味は、ひとりの見立てから育つ
People do not buy products but meanings.
人は、製品ではなく、意味を買っている。
ロベルト・ベルガンティ『デザイン・ドリブン・イノベーション』(2009)
Episode誰も頼んでいなかったゲーム機
家庭用のゲーム機が、映像の細かさと処理の速さを競っていた頃のことです。熱心な遊び手に聞けば、もっときれいな画面を、もっと速い動きを、と答えたはずです。作り手たちは、その声に応えて、より高い性能を積みあげていきました。
そこへ、まったく違う向きの一台が現れました。性能では見劣りするのに、手に持った棒を振ると、画面の中で体が動く。居間で、祖父母と孫が並んで体を揺らしながら遊ぶ。ゲームは、部屋にこもって腕を競うものから、家族が集まって体を動かすものに変わりました。そんなものが欲しいと、誰も頼んではいなかったのです。
Meaning意味のイノベーション
イタリアの経営学者ロベルト・ベルガンティは、こうした変化を、意味のイノベーションと呼びました。それまでのイノベーションの考え方は、大きく二つでした。新しい技術で性能を押しあげるテクノロジー・プッシュと、市場の求めに引かれて応えるプル。人間中心設計も、使う人をよく観察して、いまある使い方を少しずつ良くするという点では、後者の流れにあります。どちらも、解決のイノベーションです。ベルガンティはそこに、三つめの道を置きました。ものが人にとって何であるか、その意味そのものを描き直す、デザイン・ドリブン・イノベーションです。
使う人に聞けば、いまある意味の中での、漸進的な改良が返ってきます。けれど、まだない意味は、聞いても出てきません。新しい意味は、外から差し出されて、はじめて「これが欲しかった」と気づかれるものだからです。ベルガンティは、それを差し出せるのは、暮らしの移り変わりを深く読み、自分なりの見方を持った作り手だと考えました。そうした作り手は、ひとりで閉じこもらず、研究者や芸術家、別の業界の作り手といった解釈者(インタープリター)と語りあい、社会の中でいま意味がどう動いているかを読みとります。ベルガンティは、その語らいをデザイン・ディスコースと呼びました。
Meaningひとりから、ふたりへ
では、新しい意味はどこから生まれるのか。ベルガンティは次の本で、その答えを、外ではなく内側に置きました。外の声を集めて答えを探すアウトサイド・インではなく、内から外へ向かうインサイド・アウトの道筋です。はじめは、ひとりの人の中にある、これが良いはずだという見立てです。誰かに頼まれたものではなく、自分が心から大事だと思えるもの。
ただし、ひとりの見立ては、ひとりのままでは独りよがりになります。だから次に、もうひとりと組んで、遠慮なく打ち合う。ベルガンティは、この相手をボクシングの練習になぞらえて、スパーリング・パートナーと呼びました。互いの見立てをぶつけて、壊して、組み直す。ここで求められるのは、アイデアを出しあうブレインストーミングではなく、見立てを批判しあうことです。その小さな輪が、やがて同じ方向を見る仲間の輪、ラディカル・サークルになり、最後に、外の解釈者たちの目にさらされて鍛えられ、人々へと開かれていきます。意味は、内側から外側へ、少しずつ育っていくのです。
So whatまず、自分が良いと思えるものを
新しいことを考えるとき、まず誰かに聞きに行きたくなります。使う人の声を集め、データを並べれば、外れることは少ない。けれど、そこから生まれるのは、いまある意味の中での、少しだけ良いものです。
まだない意味を探すなら、ひとりで、自分が本当に良いと思えるものから始めてみる。それを、遠慮なく言い返してくれるもうひとりに見せる。みんなで遠くへ行く道も、最初の一歩は、ひとりの見立てから始まります。人が買っているのが意味なら、その意味の種は、まず誰かひとりの中にあるのだと思います。
Sources
- Roberto Verganti, Design-Driven Innovation: Changing the Rules of Competition by Radically Innovating What Things Mean, Harvard Business Press, 2009。邦訳 ロベルト・ベルガンティ『デザイン・ドリブン・イノベーション』
- Roberto Verganti, Overcrowded: Designing Meaningful Products in a World Awash with Ideas, MIT Press, 2016。邦訳 ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』