No. 54

不要不急

目的からはみ出すところに、自由がある

Action, to be free, must be free from motive on one side, from its intended goal as a predictable effect on the other.

行為が自由であるためには、一方では動機から、他方では予測できる結果としての目的から、自由でなければならない。

ハンナ・アーレント「自由とは何か」(1961)

Episode不要不急という言葉

感染症が広がったとき、ある言葉がくり返し聞かれました。不要不急の外出は控えてください。要らないもの、急がないものは、あとにしてください、と。

非常のときには、もっともな呼びかけです。けれど哲学者の國分功一郎は、この言葉がたやすく受けいれられたことに、引っかかりを覚えました。何が必要で、何が急ぎなのか。その線を引いたとたん、友人と会うこと、劇場に行くこと、遠くの家族を見舞うこと、亡くなった人を送ることまでが、まとめて「要らないもの」の側に置かれていきました。人々は、それをほとんど疑いませんでした。

國分は、若い人たちに向けた講話の中で、この引っかかりを、ていねいにほどいていきます。私たちの社会は、あらゆるものを、何かの目的のための手段として見るようになっているのではないか、と。

Meaning目的からはみ出すもの

目的のために手段を選ぶ。それは、ものごとを効率よく進めるための、大切な考え方です。けれど、すべてを目的と手段の組で測りはじめると、目的に役立たないものは、どれも無駄に見えてきます。

食事を考えてみてください。生きるための栄養をとることが目的なら、味や器や、誰と食べるかは、どうでもよいことになります。けれど人は、必要を超えたところで食事を楽しんできました。國分は、必要を超えた豊かさを贅沢と呼び、人が生きることの喜びは、むしろそこにあると考えます。遊びも同じです。何かのためにする遊びは、もう遊びではありません。

國分がよりどころにしたのは、政治哲学者ハンナ・アーレントの考えでした。アーレントは、人の自由は、目的にすっかり縛られたところではなく、目的を超え出るところに現れると書きました。行為が自由であるためには、動機からも、前もって決めた目的からも、自由でなければならない。

Meaning目的に、抵抗する

だからといって、目的を捨てようという話ではありません。目的がなければ、人は何も始められない。國分が言うのは、目的がすべてを支配してしまうことに、抵抗しようということです。

目的のために始めたことが、いつのまにか、目的を超えて楽しくなる。会議のための雑談が、思いがけない考えを生む。役に立つかどうか分からないまま読んだ本が、何年もあとで支えになる。人が豊かに生きるのは、目的の線から少しはみ出した、その余白の中なのです。

So what不要不急を、少し持つ

忙しい毎日では、すべてを目的に結びつけたくなります。この時間は何のためか、この人と会うことに意味はあるか。そう問いつづけると、暮らしはたしかに無駄なく回ります。けれど、その分だけ、息苦しくもなっていきます。

だから、ときどき、何のためでもないことを手もとに置いておく。急がない散歩、目的のない会話、役に立たない趣味。それは、さぼることではなく、自由を手放さないための、小さな抵抗です。遠回りに見えるその余白が、人を人にしているのだと思います。

Sources

  1. 國分功一郎『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』新潮新書、2023
  2. Hannah Arendt, “What Is Freedom?”, Between Past and Future, Viking Press, 1961。邦訳 ハンナ・アーレント『過去と未来の間』引田隆也・齋藤純一訳、みすず書房