No. 15

未来の円錐

起こりそうな未来と、望ましい未来は違う

とある未来に関連する当事者が「未来」を「これは未来の話だ」と思っている限り、その未来は到達しないだろう。

『FUTURE DESIGN』

Origin未来は、一本の線ではない

未来を考える人たちのあいだに、よく描かれる一枚の図があります。今日という一点から、時間の向きへ円錐が広がっていく図です。先へ行くほど口が開いていくのは、遠い未来ほど、ありうる姿が増えていくからです。

この図を、デザイナーのアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーは『スペキュラティヴ・デザイン』の冒頭近くで描き直しました。デザインを、答えを出すためではなく、問いを立てるために使う。その考え方の土台に、この円錐を置いたのです。

Meaning起こりそうな未来と、望ましい未来

円錐は、いくつかの層に分かれています。いちばん外側は、想像できるかぎりのありうる未来。その内側に、いまの知識で無理なく考えられるありえそうな未来。真ん中の細い筋が、このまま進めばたぶんこうなる、起こりそうな未来です。

そして、もう一つの円が重なります。望ましい未来です。この円は、真ん中の筋とぴったり重なるとはかぎりません。起こりそうなことと、そうなってほしいことは、たいてい少しずれています。

未来の円錐 左の「今日」から右へ三重の円錐が広がる。外側から「ありうる」「ありえそう」「起こりそう」。破線の楕円「望ましい」は、真ん中の「起こりそう」から下へずれて重なっている。 今日 ありうる ありえそう 起こりそう 望ましい 時間 →
広がる未来の層と、そこに重なる望ましい未来

二人がこの図で目を向けたのは、好ましくない未来も含めた、円錐の広がりそのものでした。避けたい未来をあえて形にして見せると、人は「それは嫌だ」と口にできます。嫌だと言えたとき、では何が望ましいのかを、ようやく一緒に話しはじめられます。

So what未来は、当てるより選ぶ

先のことを考えるとき、私たちはつい、起こりそうな未来を当てようとします。けれど、当てた未来が望ましい未来だとはかぎりません。

円錐を一枚描いてみると、真ん中の筋の外側に、まだ誰も選んでいない未来がいくつも見えてきます。そのどれを望むのかを、一人で決めずに、誰かと形にして確かめ合う。

そして、選んだ未来を「いつかの話」として遠くに置いたままにしない。それにかかわる人たちが、これは未来の話だと思っているかぎり、その未来はやって来ません。望ましい未来を、今日の自分たちの話として引き受けたとき、円錐の中の一点は、ようやく近づきはじめます。未来は当てるものではなく、選んで、近づいていくものなのだと思います。

Sources

  1. 『FUTURE DESIGN』(冒頭の引用)
  2. Anthony Dunne, Fiona Raby, Speculative Everything: Design, Fiction, and Social Dreaming, MIT Press, 2013。邦訳 アンソニー・ダン、フィオナ・レイビー『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。』ビー・エヌ・エヌ新社、2015
  3. Joseph Voros, “A generic foresight process framework,” Foresight 5(3), 2003
  4. Stuart Candy, The Futures of Everyday Life: Politics and the Design of Experiential Scenarios, University of Hawaiʻi at Mānoa, 2010