No. 41

第四の壁

つくりものと現実が、ふと触れあう瞬間

Episode舞台の上の、本物の弾丸

映画『バードマン』の主人公リーガンは、かつてヒーロー映画で名を売った、落ち目の俳優です。もう一度本物の役者として認められたくて、ブロードウェイで自分の舞台を打ちます。けれど稽古はうまくいかず、批評家には初日の前から酷評すると宣言されてしまう。

初日の最後の場面、リーガンは小道具ではなく本物の拳銃を手に舞台に立ち、引き金を引きます。客席は凍りつき、やがて総立ちの喝采に包まれる。翌朝の劇評は、それを演劇の新しいリアリズムと讃えました。芝居と現実を隔てていた一枚の壁を、彼は文字どおり撃ち抜いてしまったのです。

Origin見えない、四枚目の壁

十八世紀の思想家ディドロは、役者たちにこう勧めました。舞台の縁に、大きな壁が一枚立っていると思って演じなさい。客席などないかのように、幕が上がっていないかのように。

三方を壁に囲まれた舞台の、客席側にあるはずの見えない壁。それが、のちに「第四の壁」と呼ばれるようになりました。役者はその内側で現実のように生き、観客は外側から、のぞき見るように物語を見守る。そして、その壁がふと破られる瞬間に、観客は自分も物語の中にいたことに気づきます。

十八世紀の油彩の肖像。青い部屋着の男性が、書きものの手を止めて、ペンを持ったまま横を向いている。
ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー「ドゥニ・ディドロの肖像」(1767)。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

Meaning夢が、街にあふれ出す

今敏の映画『パプリカ』では、他人の夢に入りこむ装置が盗まれ、夢と現実の境目が崩れていきます。冷蔵庫や電化製品や人形たちのにぎやかな行進が、夢の中から通りへとあふれ出し、現実の街を練り歩く。見ている側も、どこまでが夢でどこからが現実なのか、分からなくなっていきます。

二つの映画が描いているのは、内側と外側を分けていた壁がほどける瞬間です。それは恐ろしくもあり、同時に、目が離せないほど生き生きとしている。人の心がいちばん強く動くのは、つくりものが現実に触れたとき、あるいは現実がつくりもののように輝いたときなのかもしれません。

So what壁の向こうへ、一歩

何かを見せる側に立つと、私たちはつい壁の内側にこもります。決められた筋書きを、決められたとおりに演じる。見る人は客席に座ったまま、拍手をして帰っていく。

けれど、ときどき壁の向こうへ一歩、踏み出してみる。見る人に語りかけ、一緒に舞台に上がってもらう。つくりものと現実が触れあうその瞬間にだけ、見る人と見せる人が同じ物語の中に立つ、小さな奇跡が起こるのだと思います。

Sources

  1. Denis Diderot, Discours sur la poésie dramatique, 1758
  2. Alejandro González Iñárritu 監督『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(Birdman)2014
  3. 今敏 監督『パプリカ』2006。原作 筒井康隆『パプリカ』1993