No. 111
フロー体験
少しだけ難しいほうへ、時間を忘れる
The best moments usually occur when a person’s body or mind is stretched to its limits in a voluntary effort to accomplish something difficult and worthwhile.
人生で最良のときは、たいてい、難しくて価値のある何かを成しとげようと、自分から体や心を限界まで伸ばしているときに訪れる。
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』(1990)
Episode時間を忘れる人たち
心理学者のミハイ・チクセントミハイは、子どもの頃に戦争を経験しました。頼りにしていた大人たちが、家も仕事も失って、自分を見失っていく。その中で、少年の彼が我を忘れていられたのは、チェスを指しているときでした。人は何によって、生きている手ごたえを得るのか。その問いが、彼の研究の始まりになります。
のちに彼は、絵を描く人たちを観察しました。画家たちは、寝食を忘れて一枚の絵に打ちこむ。ところが描き上げると、その絵にはあまり関心を示さず、すぐに次のキャンバスに向かう。彼らを動かしていたのは、できあがった作品でも、お金や評判でもなく、描いているあいだの体験そのものだったのです。
やがて彼は、外科医、ロッククライマー、チェスの名人、工場で働く人にまで話を聞きました。仕事も暮らしもまるで違う人たちが、最高の瞬間を、驚くほど似た言葉で語りました。流れに乗っているようだった、と。
Meaning難しすぎず、易しすぎず
チクセントミハイは、この状態をフローと名づけました。目の前のことに深く集中し、時間の感じ方が変わり、自分のことを気にしなくなる。そして、それ自体がうれしいので、ごほうびがなくても続けたくなる。
フローが生まれるのは、挑戦の難しさと、自分の技能とが釣りあっているときです。難しすぎれば不安になり、易しすぎれば退屈になる。しかも、同じ挑戦をくり返していると、腕が上がって、いつのまにか退屈の側へ落ちていきます。だからフローにとどまるには、少しずつ挑戦を引き上げつづけるしかありません。フローは、人を成長へと押し出す仕組みでもあるのです。
Meaning注いだ心の跡
チクセントミハイは、人が注意を向けることを、心のエネルギーを注ぐことだと考えました。何に心を注ぐかで、その人の毎日は形づくられていく。フローの瞬間は、その心が一つのことにまっすぐ注がれているときです。そして長く心を注いだものは、使いこんだ道具や大切なモノとなって、身のまわりに跡を残します。
So what少しだけ難しいほうへ
楽をしたいときほど、人は易しいことを選びます。けれど易しいことばかりでは、時間はただ過ぎていくだけで、手ごたえは残りません。かといって、いきなり難しすぎることに挑めば、不安で手が止まります。
いまの自分の腕より、ほんの少しだけ難しいほうへ。その一歩を選びつづけると、時間を忘れる瞬間が、暮らしの中に増えていきます。そして心を注いだ時間は、使いこんだ道具や、残した何かに宿って、あとから自分を支えてくれる。喜びは、受けとるものではなく、注いだ心から育つものなのだと思います。
Sources
- Mihaly Csikszentmihalyi, Flow: The Psychology of Optimal Experience, Harper & Row, 1990。邦訳 M・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』今村浩明訳、世界思想社
- Mihaly Csikszentmihalyi, Eugene Rochberg-Halton, The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self, Cambridge University Press, 1981。邦訳 M・チクセントミハイ、E・ロックバーグ=ハルトン『モノの意味 大切な物の心理学』誠信書房