No. 07
エポケー
決めつけを、いったん括弧に入れる
While their judgment was in suspension ataraxia followed, as if by chance, as the shadow follows a body.
判断を止めているあいだに、心の静けさが、たまたまのように、影が体についてくるようについてきた。
Sextus Empiricus, Outlines of Pyrrhonism I.29(M. M. Patrick 英訳, 1899)
Episode海綿が描いた泡
古代ギリシャの画家アペレスについて、こんな話が伝わっています。アペレスは馬の絵を描いていて、馬の口の泡を、どうしても描けませんでした。何度描いても思うようにいかず、とうとう諦めて、絵の具をぬぐっていた海綿を、絵に投げつけます。
海綿が絵に当たると、その跡が、ちょうど馬の泡のようになっていました。描こうとするのをやめたところで、描きたかったものが現れたのです。
この話を心の静けさのたとえに使ったのは、二、三世紀ごろの医師で懐疑派の哲学者、セクストス・エンペイリコスです。懐疑派の人々は、何が本当なのかを見きわめれば心が落ち着くと思って考えつづけた。けれど決められなかった。だから判断を止めた。すると静けさが、影のようについてきた、と。
Origin同じ重さの、反対の言い分
懐疑派のやり方は、どんな言い分にも、同じくらいの重さの反対の言い分を並べることでした。セクストスが挙げる例があります。雪は白い、と誰もが言う。けれど哲学者アナクサゴラスは、雪は凍った水で、水は黒い、だから雪も黒い、と言い返した。どちらにも理屈があり、天秤は釣りあってしまう。そこで、どちらとも決めずに、判断をいったん止める。それをエポケーと呼びました。止める、控える、という意味のギリシャ語です。
はるかのち、二十世紀のはじめに、哲学者のフッサールがこの言葉を借ります。世界はこうなっている、という当たり前の確信を、打ち消さずに、いったん働かないようにしておく。
… während sie in sich verbleibt, was sie ist, setzen wir sie gleichsam »außer Aktion«, wir »schalten sie aus«, wir »klammern sie ein«. Sie ist weiter noch da, wie das Eingeklammerte in der Klammer.
(中略)確信はそれ自体としてはそのままにとどまるが、私たちはそれを、いわば「働かないように」し、「外し」、「括弧に入れる」。それは、括弧の中に入れられたもののように、なおそこにある。
— Edmund Husserl, Ideen I, §31, 1913(1922 年重版 p.54)
フッサールは、懐疑派の言葉を借りながら、懐疑派とは違うと念を押しています。詭弁家のようにこの世界を否定するのでも、懐疑家のようにその存在を疑うのでもない。ただ括弧に入れて、ものが自分にどう現れているのかを、そのまま見るのだ、と。
Meaning心を乱すのは、ものではなく決めつけ
なぜ判断を止めると、静かになるのでしょう。セクストスの答えははっきりしています。何かを、生まれつき良いもの、悪いものだと思いこんでいる人は、いつも乱されている。良いものが手もとになければ追いかけ、手に入れれば、失うのを恐れる。乱しているのは、もの自体ではなく、「これは良い」「これは悪い」という決めつけのほうだ、というのです。
エポケーで考えが止まるわけではありません。決めつけを外して、目の前のものを、はじめて見るように見直すことです。判断を止めているあいだ、目はむしろよく開いています。名前や評判が先に立つと、そのものはもう見えなくなる。括弧に入れるとは、その名前をいったん外して、そこに何があるのかを確かめる手つきです。
So what決める前に、一度だけ括弧に入れる
決めることは大事です。ただ、決める前に一度だけ、自分の決めつけを括弧に入れ、反対の言い分を同じ重さで一つ置く。
力ずくで答えを描こうとするほど、泡は描けなくなります。手を止めて判断を脇に置いたとき、ものは自分から姿を見せます。
Sources
- Sextus Empiricus, Outlines of Pyrrhonism I.27–29(画家アペレスの海綿の話、静けさが影のようについてくる)、I.33(アナクサゴラスの、雪は黒いという反論)。英訳: Mary Mills Patrick, Sextus Empiricus and Greek Scepticism, 1899 gutenberg.org/ebooks/17556。邦訳『ピュロン主義哲学の概要』
- Edmund Husserl, Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie, Erstes Buch, 1913(引用は 2. unveränderter Abdruck, 1922 による), §31 p.54(「括弧に入れる」), §32(詭弁家でも懐疑家でもない) archive.org/details/ideenzueinerrein00unse