No. 94

庭師

設計しきらずに、育つ場を整える

Honour thy error as a hidden intention.

あなたの誤りを、隠れた意図として敬いなさい。

Brian Eno, Peter Schmidt, Oblique Strategies, 1975

Episode小さすぎた音量

事故にあって、ベッドから起き上がれずにいた音楽家のもとに、友人がハープの古いレコードを持ってきてくれました。友人が帰ったあとで、音量がひどく小さく、片方のスピーカーからしか鳴っていないことに気づきます。けれど直しに立つこともできません。

しかたなく、そのまま横になっていると、窓の外の雨の音と、かすかなハープの音が混ざりあって、部屋の空気の一部のように聞こえてきました。聴こうとしなくても、そこにある。聴こうとすれば、ちゃんと応えてくれる。ブライアン・イーノは、このときの体験から、のちにアンビエントと呼ばれる音楽を形にしていきます。

眼鏡をかけた白髪の男性が、少しうつむいて話している肖像写真。
ブライアン・イーノ(2017)。写真: Jindřich Nosek。画像: Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

Origin行き詰まったら、カードを一枚

イーノは画家のピーター・シュミットと、百枚ほどのカードの束をつくりました。スタジオで行き詰まったとき、一枚を引いて、書いてある言葉に従ってみる。「誤りを、隠れた意図として敬え」「いちばん大事でないものを強調せよ」。どれも答えではなく、凝り固まった考えを、ほんの少し斜めにずらすための言葉です。

思いどおりにいかなかった音を、失敗として消してしまう前に、そこに意味があるかもしれないと聴き直してみる。小さすぎた音量から新しい音楽が生まれたように、誤りは、まだ名前のついていない意図であることがあります。

Meaning建築家ではなく、庭師のように

イーノはやがて、曲を一音ずつ組み上げるのではなく、いくつかの種と決まりごとを置いて、音がひとりでに育っていくのを待つような音楽をつくるようになります。作り手は、すべてを設計する建築家ではなく、育つ場所を整える庭師に近い。そう彼は語りました。

すぐれたものは、一人の天才からではなく、人が集まる場の厚みから生まれる、とも言います。その場の知恵を、天才になぞらえて「シーニアス」と名づけました。庭も、場も、一人では思いどおりになりません。思いどおりにならないからこそ、一人では思いつかなかったものが育ちます。

So what思いどおりにならないものを、聴き直す

計画どおりに進まなかったこと、意図と違う形に転んだこと。それをすぐに直したくなるのは、作り手の自然な癖です。

けれど、一度だけ手を止めて、その誤りに耳を澄ませてみる。すべてを設計しきらずに、種をまき、場を整え、何が育つかを待ってみる。小さすぎた音量の中に、新しい音楽が隠れていたように、思いどおりにならない余白の中にこそ、まだ誰も聴いたことのないものが眠っているのだと思います。

Sources

  1. Brian Eno, Peter Schmidt, Oblique Strategies: Over One Hundred Worthwhile Dilemmas, 1975
  2. Brian Eno, Discreet Music, 1975(ライナーノーツに、ベッドで聴いた小さな音の体験が書かれている)
  3. Brian Eno, “Composers as Gardeners,” Edge, 2011