No. 51
道具と人
人が道具をつくり、道具が人をつくる
人が道具を作ったのではなく、道具が人を作った。
上野学『モードレスデザイン 意味空間の創造』
Episodeはじめての石斧
人類学者のディートリッヒ・スタウトは、イングランドの畑で拾った火打ち石から、はじめて石の斧をこしらえました。打ち欠いてできあがったのは、ごつごつした不格好な塊です。近くの遺跡からは、五十万年ほど前の人類が残した、左右の整った美しい斧がいくつも出ています。それに比べると、自分の斧はとても見られたものではありませんでした。
石を割って形を出すのは、思ったよりずっと難しい。彼の研究室では、学生たちが百時間かけて石器づくりを学びますが、それでも美しい斧にはなかなか届きません。スタウト自身、思いどおりの斧が打てるようになるまでに、三百時間ほどかかったといいます。何をつくりたいかは分かっている。難しいのは、それを実際につくることなのです。
Meaning石を割ると、脳が育つ
スタウトは、石を割る人の脳で何が起きているかを、画像で調べました。素朴な石器を打つときには、目と手を結ぶ回路が働きます。整った斧を打つときには、それに加えて、先を見通し、手順を切りかえる前頭の領域が強く働く。練習を重ねるほど、その領域と手の回路をつなぐ脳の配線は、目に見えて太くなっていきました。
その前頭の領域は、言葉を組み立てる働きとも重なっています。石器づくりは、まねるだけでは身につきにくく、言葉で教わると上達が早い。道具をつくることが脳を鍛え、鍛えられた脳が教えることや話すことを助け、それがまた、より複雑な道具を生む。スタウトは、人の心はこの輪の中で形づくられてきたのではないかと考えました。
大事なのは、どんな道具を使うかだけではない、とスタウトは書いています。どんな道具をつくり、それをどうやって学ぶか。その積み重ねが、人を人にしてきたのです。
Meaning物の側から見る
画面の中の道具をデザインしてきた上野学は、この関係を、ものをつくる人の心構えとして受けとめました。人が道具をつくったのではなく、道具が人をつくった。だからデザインする人は、人の側からだけでなく、物の側から世界を見なければならない、と。
道具は、ただ人の言うことを聞く召し使いではありません。使ううちに、人の手つきを変え、考える順番を変え、できると思えることの広さを変えていきます。先に手順を決めて、その通りに人を進ませる道具は、人を受け身にする。人が自分で対象を選び、自分の順番で扱える道具は、人を自由にし、考える力を育てます。石の斧から画面の中の道具まで、道具の形は、それを使う人の形でもあるのです。
So what手を動かして、形を学ぶ
道具は、便利にするためのものだと考えがちです。けれど、どんな道具を手にするかは、どんな人になるかを選ぶことでもあります。考えなくても進めてくれる道具は楽ですが、考える力は育ちません。
だから、ときには手間のかかる道具を手にとってみる。思いどおりにならない素材と、時間をかけて向きあう。そしてつくる側に立つときには、自分のつくる道具が、使う人をどんな人にしていくのかを想像する。五十万年前の誰かが石を割りながら脳を育てたように、私たちもまた、手にする道具に、少しずつつくられているのだと思います。
Sources
- Dietrich Stout, “Tales of a Stone Age Neuroscientist”, Scientific American, April 2016。 scientificamerican.com。邦訳「人類を進化させた石器作り」『日経サイエンス』2016年10月号
- 上野学『モードレスデザイン 意味空間の創造』。 modelessdesign.com