No. 95

デジタルネイチャー

計算機が、もう一つの自然になる

The most profound technologies are those that disappear. They weave themselves into the fabric of everyday life until they are indistinguishable from it.

もっとも深い技術とは、姿を消してしまう技術である。それは日々の暮らしの布地に織りこまれ、ついには暮らしと見分けがつかなくなる。

Mark Weiser, “The Computer for the 21st Century,” 1991

Episode指先の妖精

指先のすぐ前に、小さな光の粒が集まって浮かんでいます。粒は小さな妖精の形をしていて、画面もガラスもないところで、宙に描かれている。別の場面では、種から芽が伸び、光でできたハートが、指で触れると壊れました。

落合陽一たちが発表した試みです。ほんの一瞬だけ放たれる強いレーザーを空中の一点に集めると、そこにある空気が光を放つ。その点を一秒に数千から数十万も打って、指先ほどの小さな空間に絵を描きます。触れると、指には小さな手ごたえが返ってきました。論文は、そのときの感じをこう書いています。

Then the user feels an impulse on the finger as if the light has physical substance.

そのとき使う人は、まるで光に実体があるかのように、指先に衝撃を感じる。

— Yoichi Ochiai et al., “Fairy Lights in Femtoseconds,” 2015

画面の中にあった光が、画面の外へこぼれ出て、手で触れられるものになる。小さな妖精は、その入口に立っていました。

Origin文字のように、溶けこむ

この方向を、それよりずっと前に言葉にした人がいます。計算機の研究者マーク・ワイザーは、技術が姿を消すとはどういうことかを、文字の例で説明しました。文字は、おそらく人類の最初の情報の技術です。いまでは本や新聞だけでなく、道の標識にも、店の看板にも、お菓子の包み紙にも書いてある。私たちはそれを、読もうと意識しないまま読んでいます。

それに比べて当時の計算機は、まだ一台の箱の中に閉じこもっていた。ワイザーはその姿を、文字を書くために、インクの作り方や粘土の焼き方まで知らなければならなかった昔の書記にたとえています。

箱の中の技術と、背景に溶けた技術 左は、一つの四角い画面に向かう点が一つあり、技術が箱の中にある。右は、細かな文字の印がまわりの線のあちこちに薄く散らばり、技術が背景に溶けこんでいる。あいだに右向きの矢印。 箱の中にある背景に溶けこむ
技術は、箱の中にあるあいだは道具で、背景に退くと環境になる。マーク・ワイザーの文字のたとえをもとに描いたもの

落合陽一は、その先を本にしました。二十世紀を、人々が同じ画面を見つめた「映像の世紀」と呼び、二十一世紀は、技術が画面を離れて環境に溶けこみ、仕組みを意識させないまま働く「魔法の世紀」になる、と。さらに彼は、計算機がつくり出すものが、もとからある自然と見分けのつかない、もう一つの自然として広がっていく世界を「デジタルネイチャー」と名づけ、その本の副題に、侘と寂という言葉を添えました。

Meaning見えなくなることの、良し悪し

ワイザーは、技術が消えるのは技術の力ではなく、人の心の働きだと書いています。人は何かを十分に身につけると、それを意識しなくなる。だからこそ、意識せずに使え、その先の目的に気持ちを向けられる。うまく働く道具は、手もとに溶けこんで目立たなくなります。

けれど同時に、見えないものは、問いかけにくくもなります。誰がそれをつくり、どんな意図で動いているのか。自然のように見えるものが、じつは誰かが設計したものだったとき、私たちはそれを、自然と同じように受けいれていいのか。包み紙の文字を疑わずに読むように、宙に浮かぶ光も、やがて疑わずに見るようになるでしょう。溶けこむことのやさしさと、見えにくさの危うさは、いつも背中合わせです。

So what溶けこむものを、ときどき見つめなおす

身のまわりの多くのものが、もう仕組みを意識させないまま働いています。それは便利で、心地よいことです。

けれど、溶けこんで見えるもののなかには、もとからあったものではなく、誰かがつくったものが混じっています。つくる側に立つなら、使う人の暮らしに静かに溶けこみながら、それが誰かのつくったものであることを隠さない形を選ぶ。

Sources

  1. Mark Weiser, “The Computer for the 21st Century,” Scientific American 265(3), September 1991, pp. 94–104 著者による編集後の草稿(PDF)
  2. Yoichi Ochiai, Kota Kumagai, Takayuki Hoshi, Jun Rekimoto, Satoshi Hasegawa, Yoshio Hayasaki, “Fairy Lights in Femtoseconds: Aerial and Volumetric Graphics Rendered by Focused Femtosecond Laser Combined with Computational Holographic Fields,” 2015(ACM SIGGRAPH 2015 Emerging Technologies)arXiv:1506.06668
  3. 落合陽一『魔法の世紀』PLANETS、2015
  4. 落合陽一『デジタルネイチャー ― 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』PLANETS、2018