No. 59
Design for Dasein
体験ではなく、体験のためにデザインする
He only shapes the clay. No—he shapes the void.
陶工は粘土に形を与えているだけだ。いや、そうではない。彼が形にしているのは、空っぽなのだ。
Martin Heidegger, “The Thing,” 1949(Albert Hofstadter 訳, Poetry, Language, Thought, 1971)
Episode水差しの内側
戦争が終わって四年あまりたった冬、マルティン・ハイデガーはブレーメンで、四つの連続講演を行いました。戦後、大学で教えることを禁じられていた彼にとって、はじめての公の講演でした。その一つ「物」で、彼が語りの中心に据えたのは、一つの水差しでした。
水差しにぶどう酒を注ぐとき、ぶどう酒は空っぽの水差しへと流れこみます。では、ぶどう酒を受けとめているのは何か。側面と底は、水差しを立たせてはいるけれど、受けとめてはいない。受けとめているのは、内側の空っぽです。だから、ろくろの上で側面と底をこしらえる陶工は、厳密に言えば水差しをつくっているのではない。粘土に形を与えながら、じつは空っぽに形を与えている。手で触れられない空っぽを、はじめから終わりまで手放さずに、器として取りだしてくるのだ、とハイデガーは語りました。
Origin体験は、設計できるのか
デザイナーのトーマス・ウェントは、『Design for Dasein』で、この空っぽの問いをデザインの側から考えました。デザインの仕事が、手で触れられるものをつくることから、目に見えない体験やサービスをつくることへと移っていく。そのとき、デザインとはそもそも何をすることなのか。
彼が手がかりにしたのは、人がどのように世界を経験しているかを考える哲学、現象学でした。題にある Dasein は、ハイデガーが人間のあり方を指して使った言葉で、「そこにある」「世界の内にある」という意味をもちます。人は世界から切り離されて頭の中だけで生きているのではなく、まわりのものを通して、その場その場に根を下ろして生きている。ウェントは、体験をデザインすることはそもそも現象学的な営みであり、現象学もまたデザインする営みなのだ、と考えました。同じ年に書いた文章で、彼はハイデガーの水差しを引いて、こう続けています。
This void is the realm of experience.
この空っぽこそが、体験の領分である。
— Thomas Wendt, “Coming to Terms with Intangible Design,” 2015
Meaning同じ椅子、ちがう時間
喫茶店の窓ぎわに、一脚の椅子があるとします。朝、一人でコーヒーを飲む人には一日を始める前の居場所になり、昼、友人と話しこむ人には時間を忘れる舞台になり、悲しい知らせを受けとった人には、ただ動けずに座りこむ場所になる。椅子は何も変わっていないのに、そこで起きることはまるで違います。一つのものが、人によって違う意味のまま落ちつく。ウェントは水のボトルを例にします。水を持ち歩くためのボトルも、誰かに投げつければ武器になる。彼はこれを、ポスト現象学のドン・アイディの言う「多安定性」として引き、つくり手の思いどおりにならない理由に挙げています。そのうえで、ユーザーテストや素早い試作は、つくり手がこのいくつもの安定を探り、遊ぶための方法だと書いています。
だから、体験そのものを思いどおりに設計することはできません。つくり手が触れられるのは、水差しの壁と底までです。できるのは、人がそこにいて、何かを感じ、自分なりの意味を見いだせるような空っぽを、ていねいに囲うこと。体験そのものではなく、体験のために、デザインする。
So what壁が囲うもの
ものをつくる手は、形や機能を磨くほうへ向かいがちです。けれど人が受けとるのは、壁ではなく、壁が囲っている空っぽのほうです。
朝の人、昼の人、夕方の人。うれしい日の人、悲しい日の人。試作を誰かの手に渡すたびに、同じものがいくつもの顔を見せます。その誰もが自分の意味を注ぎこめるだけの余白を残すこと。壁と底を整える手は、そのまま、人の世界にそっと空っぽを用意しています。
Sources
- Thomas Wendt, Design for Dasein: Understanding the Design of Experiences, 2015(紹介: Goodreads)
- Thomas Wendt, “Coming to Terms with Intangible Design,” UX Magazine, 2015-03-21(UX Magazine)
- Martin Heidegger, “Das Ding”(1949 年 12 月、ブレーメン講演。『講演と論文』1954 所収)。英訳 “The Thing,” Albert Hofstadter 訳, Poetry, Language, Thought, 1971(beyng.com)
- Martin Heidegger, Bremen and Freiburg Lectures, Andrew J. Mitchell 訳, 2012(出版社の頁)