No. 92

コンヴィヴィアリティ

人が使いこなし、人と人をつなぐ道具

Tools foster conviviality to the extent to which they can be easily used, by anybody, as often or as seldom as desired, for the accomplishment of a purpose chosen by the user.

道具がコンヴィヴィアリティを育むのは、それが誰にでも、使いたいときに何度でも、あるいはたまにだけ、自分で選んだ目的のために、たやすく使えるかぎりにおいてである。

Ivan Illich, Tools for Conviviality, 1973

Episode最初の分かれ目

思想家のイヴァン・イリイチは、道具についての本の第一章を、医療の歴史の一場面から書きはじめました。二十世紀のはじめ、医学校を出た医者にかかった患者が、その病にほんとうに効く手当てを受けられる見込みが、はじめて五分五分を超えた、というのです。水を清めて赤ん坊の死を減らし、ネズミを抑えてペストを防ぎ、糖尿病の人はインスリンで自分の命を延ばせるようになる。道具が、人の力を大きく延ばしはじめた時代でした。

ところがイリイチは、同じ段落に、奇妙なねじれを書きとめています。

Paradoxically, the simpler the tools became, the more the medical profession insisted on a monopoly of their application, (…) and the more the entire population felt dependent on the doctor.

逆説的なことに、道具が簡単になればなるほど、医師という職業はその使い方を独占しようとし、(中略)人々はますます医者に頼りきるようになった。

— Ivan Illich, Tools for Conviviality, ch. 1

そして世紀の半ばには、医療は二つめの分かれ目を越えた、と彼は書きます。治すための仕組みそのものが、新しい病を生みはじめたのです。

Origin自立と共生のための道具

イリイチは、二つめの分かれ目を越えた道具が人から奪うものを名指すために、一つの言葉を選びました。コンヴィヴィアリティ。邦訳では「自立共生」と添えられています。英語の convivial には酒宴の陽気さの響きがありますが、イリイチはその意味ではないと断り、節度のある、人と人のあいだの優雅な遊び心を指すのだと書きました。そして取り違えを避けるために、この言葉を人ではなく道具に当てました。そのうえで、産業の生産性の反対を指す言葉とし、人と人、人とまわりの世界との、自分の意思による創り出す交わりだと説明しました。互いに頼りあう中で実現される、一人ひとりの自由です。

その反対の姿として、彼は刑務所の中の人を挙げています。豊かな国の受刑者は、家族より多くの物やサービスを手にしていることさえある。けれど、何をどうつくるかにも、それをどう使うかにも、口を出せない。その罰とは、コンヴィヴィアリティを奪われ、ただの消費者にされることなのだ、と。

Meaning道具が、人を使いはじめるとき

イリイチによれば、どんな道具や制度にも二つの分かれ目があります。一つめで、道具は人の力を確かに延ばしはじめる。二つめを越えると、こんどは人から力を奪いはじめる。乗りものは、速ければ速いほどよいとされた末に、縮めた距離より多くの距離をつくりだしました。学ぶことは学校でしかできないと思いこみ、治ることは病院に任せるしかないと感じる。便利なはずの仕組みが、人を受け身にしていきます。

二つの分かれ目 横軸は道具や制度の大きさ、縦軸は人が自分でできること。曲線は一つめの分かれ目を過ぎると大きく上がり、二つめの分かれ目を越えると下がっていく。二つの分かれ目のあいだが、人が道具を使いこなす領域で、二つめの向こうは、道具が人を従わせる領域。 一つめの分かれ目 二つめの分かれ目 人が使いこなす 人を従わせる 道具や制度の大きさ → 自分でできること
道具は、一つめの分かれ目で人の力を延ばし、二つめを越えると人の力を奪う

分かれ目の手前にとどまる道具の例として、イリイチは電話を挙げました。硬貨一枚あれば、誰でも好きな相手を呼び出して、商売の話も、愛の告白も、けんかもできる。何を話すかを、仕組みの側は決められない。彼はこう書いています。

To the degree that he masters his tools, he can invest the world with his meaning; to the degree that he is mastered by his tools, the shape of the tool determines his own self-image.

人は道具を使いこなすほど、世界に自分の意味を込めることができる。道具に使われるほど、道具の形が、その人の自分の姿を決めてしまう。

— Ivan Illich, Tools for Conviviality, ch. 2

So what手放せる道具を

道具が人を従わせるのは、多くの場合、道具が悪いからではなく、大きくなりすぎたからです。そして、その変わり目は、中にいるとなかなか見えません。

見分ける手がかりは、イリイチ自身が挙げています。その道具は、使う前に資格を求めるか。使わないでいることを許すか。一人が使うことで、ほかの人が同じように使えなくなるか。資格を求めず、やめることを許し、誰かの使用が誰かを締め出さない道具のまわりでだけ、人は互いに頼りあいながら、一人ひとり自由でいられます。

Sources

  1. Ivan Illich, Tools for Conviviality, Harper & Row, 1973(ch. 1 “Two Watersheds”、ch. 2 “Convivial Reconstruction”)。全文: Internet Archive
  2. イヴァン・イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』渡辺京二・渡辺梨佐訳、日本エディタースクール出版部、1989(ちくま学芸文庫、2015)