No. 49

スケープゴート

荒野へ送られる山羊は、逃げ込む場所ではない

こうしてやぎは彼らのもろもろの悪をになって、人里離れた地に行くであろう。

レビ記 16章22節

Origin二頭の山羊と、一本のくじ

旧約聖書に、年に一度の贖罪の日の儀式が描かれています。祭司は二頭の山羊の上でくじを引き、一頭を捧げ、もう一頭を生かしておきます。

生かされた山羊の頭に、祭司は両手を置き、人々のすべての罪をそこに載せます。そして山羊を、人の住まない荒野へ送り出します。山羊は罪を背負って去り、共同体は清められます。

塩の干潟にひとり立つ白い山羊。頭に赤い布が巻かれ、背後に紫の山並みと夕暮れの空が広がる。
ウィリアム・ホルマン・ハント「贖罪の山羊(The Scapegoat)」1854年、レディ・リーヴァー美術館(ポート・サンライト)所蔵。ハントは死海のほとりで背景を描き、頭には伝承にある緋の布を巻いた。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

英語の scapegoat は、聖書を英語に訳した人が作った語です。scape は escape の縮まった形で、「去らせる山羊」を意味しました。のちにある思想家は、この儀式を人の集団の仕組みとして読み直します。争いが高まった集団は、一人を選んで全員で責めることで、ふたたび一つにまとまる、と。

Meaning責めを一身に負わされ、追われる者

スケープゴートとは、集団の不安や失敗を一人に負わせて追い出し、残りの全員が安心を得ること、またその負わされる側のことです。

escape という響きから、逃げ込む場所を思い浮かべるかもしれません。けれど逃げるのは山羊のほうで、それも自分の意志ではありません。迎えてくれる場所ではなく、追われる者そのものを指す言葉です。

So what「構造で見る」の、ちょうど裏側

誰かのせいにできれば、仕組みを直さずに済みます。だからこの動きは、集団にとって楽で、何度でも繰り返されます。

Put the fish on the table.

魚を、テーブルの上に置け。

George Kohlrieser

漁師町では、獲った魚をみんなでテーブルに載せ、汚れるのもかまわずに捌くといいます。テーブルの下に隠したままの魚は、やがて腐って、部屋じゅうに臭いが広がる。言いにくい問題も同じで、誰か一人に背負わせて荒野へ送るのではなく、みんなの前に出して、一緒に手を汚して捌くしかありません。

失敗を振り返るとき、その人は手元の情報で正しく動いたのだと、まず仮定してみる。人を疑う前に、情報の行き違いを疑ってみる。そして問題そのものを、テーブルの上に置く。スケープゴートは、その見方を反対側から照らす言葉です。

Sources

  1. レビ記16章8–10・21–22節。口語訳と見られる本文 wordproject.org/bibles/jp/03/16.htm(訳名の表示なし)。KJV Wikisource
  2. scapegoat の語源(Tyndale 1530): Wiktionary(二次)。Tyndale の本文 “one lotte for the Lorde, ãd another for a ſcapegoote”
  3. ルネ・ジラール『身代りの山羊』織田年和・富永茂樹訳、法政大学出版局(叢書・ウニベルシタス170)、1985。原著 Le Bouc émissaire, Grasset, 1982。CiNii。要旨は Internet Encyclopedia of Philosophy、英訳版の紹介
  4. W. Holman Hunt, The Scapegoat, 1854, Lady Lever Art Gallery(LL 3623)。Commons。死海での制作と赤い布の伝承は、作品についての一般的な解説による(この本では一次資料を照合していない)
  5. George Kohlrieser, Hostage at the Table, 2006