No. 38
アウフヘーベン
捨てて、残して、一段上へ
Die Knospe verschwindet in dem Hervorbrechen der Blüte, und man könnte sagen, daß jene von dieser widerlegt wird.
花が咲き出ると、つぼみは消える。つぼみは花によって打ち消された、と言うこともできるだろう。
G. W. F. ヘーゲル『精神現象学』序文(1807)
Episodeつぼみと花と実
哲学者のヘーゲルは、大きな本の序文に、一本の植物の話を書きました。花が咲くと、つぼみは消える。つぼみは花に打ち消された、と言える。実がなると、こんどは花が、植物のほんとうの姿ではなかったことにされる。花のかわりに、実が真の姿として現れるのです。
けれどヘーゲルは、そこで終わりにしません。つぼみと花と実は、互いを押しのけ合っているように見えて、どれも一つの生命の、欠かせない一こまです。つぼみがなければ花はなく、花がなければ実もない。打ち消されたものは、消えたのではなく、次のものの中に生きています。
Origin捨てる、残す、持ち上げる
アウフヘーベンは、ドイツ語のふだんの言葉です。床のものを拾い上げる。とっておく。そして、取り消す、やめる。一つの言葉に、正反対に見える意味が同居しています。
ヘーゲルは、この重なりこそ思考の宝だと考えました。否定しながら保存し、保存しながら一段上へ持ち上げる。日本では「止揚」と訳されてきました。止めて、揚げる。漢字の二文字にも、捨てることと持ち上げることが並んでいます。
Meaning足して割らない
二つの考えがぶつかったとき、よくある解き方は二つです。どちらかを勝たせるか、間をとって足して割るか。アウフヘーベンは、そのどちらでもありません。
ぶつかり合う二つを、どちらも本気で受けとめる。そのうえで、二つが矛盾しなくなる一段上の見方を探す。そこでは、それぞれの言い分の芯は残り、狭さだけが捨てられます。速さか丁寧さか、自由か規律か。どちらかを選べと迫られる問いの多くは、もう一段上から眺めると、両方を生かす形が見えてきます。
So what対立は、次の段への入口
意見が割れると、早く決着をつけたくなります。多数決で決めるか、半分ずつ譲り合うか。けれど急いで足して割ると、どちらの芯も薄まって、誰も本当には納得しない答えが残ります。
ぶつかりは、いまの枠が狭すぎるという知らせでもあります。相手の言い分の中の、捨ててはいけない芯は何か。自分の言い分の中の、手放してよい狭さは何か。それを見分けながら、一段上の見方を探す。つぼみが花に、花が実になるように、対立は、片方を消すためのものではなく、次の形へ育つための入口なのだと思います。
Sources
- G. W. F. Hegel, Phänomenologie des Geistes, 1807, Vorrede。邦訳 ヘーゲル『精神現象学』
- G. W. F. Hegel, Wissenschaft der Logik, 1812(Aufheben の二重の意味についての注解)。邦訳 ヘーゲル『大論理学』