No. 55
労働・仕事・活動
人のはたらきを、三つに分けて眺める
Episode空に放たれた、小さな月
一九五七年の秋、人の手でつくられた小さな球が、ロケットに乗って空高く打ち上げられ、地球のまわりを回りはじめました。人々は空を見上げ、喜びました。ある新聞は、これで人類は、地球という牢獄から抜け出す第一歩を踏み出した、とまで書きました。
哲学者のハンナ・アーレントは、その言葉に引っかかりを覚えます。人間は、地球の上で、ほかの人と一緒に生きるように条件づけられた存在ではないのか。その条件から抜け出したいと願うとき、私たちは何を手放そうとしているのか。彼女はそこから、人間が地上で営んでいる「はたらき」とは何かを、一から考えなおしました。
Origin労働、仕事、活動
アーレントは『人間の条件』で、人のはたらきを三つに分けました。一つめは、労働。食べ、着て、生きつづけるために、くり返しおこなう営みです。つくったものはすぐに消費され、また同じことをくり返さなければならない。
二つめは、仕事。机や家や道具のように、使っても消えずに残るものをつくる営みです。仕事は、人が生まれては去っていくあいだも、そこに残りつづける「世界」をつくります。三つめは、活動。ものを介さずに、人と人とが言葉を交わし、ともに何かを始める営みです。人は一人ひとり違うからこそ、語りあい、新しいことを始められる。アーレントは、その営みこそが人間らしさの芯だと考えました。
Meaningすべてが労働になるとき
アーレントが心配したのは、近代の社会が、あらゆるはたらきを労働のほうへ引き寄せていくことでした。仕事でつくられたものまでが、すぐに使い捨てられ、次々と取り替えられていく。人は、生きるために稼ぎ、稼いだものを消費するという輪の中をぐるぐる回り、言葉を交わして何かを始める時間を失っていく。
毎日を振り返ってみると、私たちのはたらきの多くは、くり返し消えていく労働に近いのかもしれません。それ自体は、生きるために欠かせないものです。けれど、それだけで一日が埋まってしまうと、長く残るものをつくることも、人と一緒に新しいことを始めることも、遠ざかっていきます。
So what残るものと、始めることを
忙しい日々の中で、自分のはたらきを三つに分けて眺めてみる。今日したことのうち、どれがくり返し消えていくもので、どれが残るもので、どれが誰かと始めたことだったのか。
労働を軽んじる必要はありません。ただ、その合間に、少しでも長く残るものをつくり、誰かと言葉を交わして、まだない何かを始めてみる。人が人であることは、そうした小さな始まりの中に、静かに宿っているのだと思います。
Sources
- Hannah Arendt, The Human Condition, 1958。邦訳『人間の条件』志水速雄訳、ちくま学芸文庫