No. 32
アナーキー
静かに、自分たちで決める
Every day or so break some trivial law that makes no sense, even if it’s only jaywalking.
一日おきくらいに、筋の通らない小さな決まりを一つ破ってみること。たとえ、信号のない所で道を渡るだけでも。
James C. Scott, Two Cheers for Anarchism, 2012
Episode誰もいない交差点の、赤信号
政治学者のジェームズ・C・スコットは、ドイツ語を学ぶために、旧東ドイツの小さな町に滞在したことがあります。ある夕方、交差点で、何人もの人が信号を待っていました。信号は赤。見わたすかぎり、車は一台も来ません。それでも誰も渡らず、みんな黙って、長いあいだ青を待っていました。
スコットは、ここで少し考えます。いつか、正しさのために、大きな決まりを破らなければならない日が来るかもしれない。そのとき、決まりにただ従うことに慣れきっていたら、一歩を踏み出せるだろうか。だから、ふだんから小さな体操をしておくといい。筋の通らない小さな決まりを、ときどき、静かに破ってみる。彼はこれを、冗談まじりにアナーキストの体操と呼びました。
Origin支配する者が、いない
アナーキーという言葉は、ギリシア語の an(ない)と arkhos(支配する者)から来ています。もとの意味は、混乱でも暴力でもなく、上に立って命じる者がいない、ということです。十九世紀のフランスで、ピエール=ジョゼフ・プルードンは、自らアナーキストと名乗った最初の人になりました。
上から命じられなくても、人は互いに話しあい、ゆずりあい、助けあって、暮らしの秩序をつくることができる。アナキズムの芯にあるのは、壊したいという衝動よりも、そうした人どうしの力への信頼です。
Meaning身ぶりとしての抵抗
スコットは若いころ、東南アジアの稲作の村に長く住みこんで、貧しい農民たちの暮らしを見つめました。彼らは旗を掲げて立ちあがることは、ほとんどありません。そのかわり、言われた仕事をわざとゆっくりする。知らないふりをする。陰でうわさを流す。落ち穂をこっそり持ち帰る。
声高な反乱ではなく、毎日の小さな身ぶりの積み重ね。スコットはそれを、弱い者の武器と呼びました。目立たないけれど、数えきれないほどの小さな身ぶりは、やがて、上から決められた仕組みそのものを、少しずつ形を変えていきます。
Meaningくらしの中の、アナキズム
人類学者の松村圭一郎は『くらしのアナキズム』で、エチオピアの村での暮らしをもとに、アナキズムを、国や制度に頼りきらず、自分たちの暮らしを自分たちの手でととのえていく営みとして描きなおしました。困った人がいれば、誰かが分けあう。もめごとがあれば、まわりが間に入る。贈りものと、お返しと、ゆずりあい。そこには、命じる者がいなくても回っている、静かな秩序があります。
そう見ると、アナキズムは遠い思想ではなくなります。近所の人と道具を貸し借りすることも、職場で決まりの手前にある小さな工夫を重ねることも、誰かに任せきりにせず、自分たちで決めて、自分たちで直していく、ささやかな実践です。
So what静かに、自分たちで決める
決まりは、誰かが、何かのために作ったものです。だから、壊す前には、建てた理由を知っておきたい。けれど、理由がとうに消えてしまった決まりに、ただ黙って従いつづけることもまた、考えることを手放すことになります。
声を荒げなくてもいい。旗を振らなくてもいい。誰もいない交差点で、この決まりは誰のためにあるのか、と一度だけ立ちどまって問う。そして、自分たちの暮らしのことは、できるだけ自分たちで決めて、互いに手を貸しあう。アナーキーとは、そんな静かな身ぶりの積み重ねなのだと思います。
Sources
- James C. Scott, Two Cheers for Anarchism: Six Easy Pieces on Autonomy, Dignity, and Meaningful Work and Play, Princeton University Press, 2012。邦訳『実践 日々のアナキズム ― 世界に抗う土着の秩序の作り方』清水展・日下渉・中溝和弥訳、岩波書店、2017
- James C. Scott, Weapons of the Weak: Everyday Forms of Peasant Resistance, Yale University Press, 1985
- Pierre-Joseph Proudhon, Qu’est-ce que la propriété ?, 1840
- 松村圭一郎『くらしのアナキズム』ミシマ社、2021